座談会
シリーズ・寺檀関係は今後どう変化していくか

『樹木葬』…新たに登場した 葬法の意味するもの

【出席】
井上治代◎東洋大学ライフデザイン学部助教授 社会学博士 NPO法人エンディングセンター代表
佐々木宏幹◎駒澤大学名誉教授
佐藤俊晃◎秋田県竜泉寺住職 曹洞宗総合研究センター客員研究員
藤木隆宣◎仏教企画代表

既成教団を支えてきた寺檀関係は空洞化の速度を速めている。今回は社会学者の井上治代氏を迎え、墓石を使用しない「樹木葬」をはじめ、新しい葬法の流れについて理解を深めるとともに、従来の墓石埋葬と異なる葬法の出現はなにを意味するのか討論を進めた。



脱継承、自然志向、個人化を満たす「樹木葬」

【佐々木】昨今、「樹木葬」という言葉が人口に膾炙するようになりました。墓石ではなく樹木に墓標とする葬法ですが、日本では一九九九年、岩手県一関市にある臨済宗・祥雲寺が始めて以来、全国各地に広まりつつあります。その樹木葬の普及ついては、井上治代さんが大きなサゼスチョンや方向性を与えてこられた。今までにない樹木葬というような葬法が、どうして発想されたのかお話いただけますか。

【井上】ご存じのように一九八〇年代になると、離婚する人が増えたり、結婚していても子どもを産まない人が出てきたり、晩婚化・少子化が進み、家族のあり方が大きく変化してきた。これらは、お墓から見ると跡継ぎのいない人の増加を意味します。
 また終戦後、農村から都会に出た若者たちが、結婚して核家族をつくったわけですが、一九九〇年ころには、六十五歳から七十五歳になった。その人たちが、お墓をどうするかと考えたとき、大きな問題が出てきた。
 彼らの子どもの多くは、すでに親の家を離れてそれぞれ家族を持ち、いろいろな地域に暮らしている。田舎から出てきた親たちは、当初はふるさとに帰って先祖の墓に入ろうと思っていた人が多かったかもしれないが、四十年、五十年も経てば実際問題として、遠距離にあるふるさとの墓は、子どもには継いでもらえそうもない。子どもには馴染みが薄く、墓参だって一苦労である。かつては親子が同居し、移動のない農業に従事していたからこそ、生活圏にある墓を親子代々継いでいく形態が一番ふさわしかったが、親子別居、移動社会になった現代では、それは多くの人には望めなくなっている。
 そこで一九九〇年以降、お墓では三つの新しい傾向が顕著になってきた。一つには、継承を前提としない墓が出てきた。「脱継承」という現象です。次に散骨などの、自然に還るという「自然志向」。そしてもう一つは「個人化」です。これは「家」という集団が単位ではなく、自分がどう生き、どう葬られたいかということを自分で決めるという、個が単位の傾向です。
 じつは、今申し上げた一九九〇年以降に顕著になった「脱継承」「自然志向」「個人化」の三つを全部兼ね備えているのが「樹木葬」なんです。樹木葬墓地を買われた方々に、アンケート調査をして、なぜ樹木葬がいいかと聞くと、やはり自然に帰れるからというのが一番なんですが、二番目に多いのが「継承者を必要としないから」という理由でした。
 さらに、自然志向のなかで、なぜあなたは「散骨」ではなく樹木葬にしたかと聞くと、「墓地として許可を得たところだから安心」という意見が一番で、次は、やっぱり「印」があるから(木というシンボルがあるから)いいという人が多いんです。

樹木葬は「墓地、埋葬等に関する法律」に則った埋葬法

【井上】散骨と樹木葬は、同じ自然志向の墓ですが、大きく違う点は、散骨は「墓地、埋葬等に関する法律」に、撒いてはいけないという規定がないから、撒けるんだという法解釈による突破で、現代社会に定着していった葬法ですが、樹木葬は墓地として許可を得た区域に行い、「墓地、埋葬等に関する法律」に則っているので、遺骨を「埋める」ことができます。
 散骨の場合、遺灰を撒くため、海ならいいですが、陸地に撒いた状態は、白い遺灰が露出していて、死後も晒されている感じがぬぐえないでイヤという人は少なくありません。その点、樹木葬なら「埋める」ということで、そういう心地よさも人々の支持を得ています。

【佐々木】なるほどね。やはり日本人としてわたしもそうだなあと思うのは、散骨の場合、海にまいたら印がない。つまり、わたしはどこへ流されていくのかはっきりしないというのは、不安きわまりない。日本人のあの世観というか、自分の人格が死後もずっと持続するとすればそこをどういうふうに感覚するか、という問題とつながってきますね。
 とにかく、ここにわたしがいるんだというところを確かめたいというのが、日本人には強くあるんですね。

【井上】そうですね。要するに、生者と死者の接点ですよね。日本人は、お墓に行ったときは(故人は)お墓にいると思うし、おうちの中では仏壇にいると思うし、ここ、そこ、というところが欲しいんですね。それがあると、そこに向かって死者に対する気持ちが集中できるというか、対話ができたり、敬虔な気持ちになれる。一箇所に特定しないが、どこかに生者と死者の接点が欲しいんです。
 散骨をやっている人たちの会に話を聞きましたら、海で散骨した場合、北緯何度東経何度のところで撒いたという海図がほしいという人が多いそうです。そのくらい、日本人は場所にこだわるんです。
 今、「千の風になって」という歌がはやっていますが、あれも同じですね。「お墓に私はいません」といって「風」や「光」「雪」「鳥」「星」になってあなたを見守る、といったように、一箇所にいるのではなく、いろいろな接点を想定しています。では何が違うかというと、それがお墓や仏壇といった伝統的なものではなく、「自然」が接点に想定されていることです。

自然破壊に対するアンチテーゼ

【佐々木】曹洞宗でも樹木葬をやるところが一ヶ寺か二ヶ寺でてきたという話を聞くわけですが、どうなんでしょう、樹木葬というのは、伝統的な墓石を建てる習慣の否定につながるものだから、そうした点を心配する向きもあるのではありませんか?

【井上】そういうふうにお考えの人たちがいらっしゃるということは、聞いております。ですが、それは樹木葬の実態を知らないでおっしゃっているだけですよね。樹木葬という自然志向の葬葬は、要するに工業化社会のツケを背負った二十一世紀のリスク社会に現れた葬法だと思うんです。
 一つは核家族化といった家族の変化が大きいですが、一方で、日本を含め先進諸国では、産業化を推し進めた結果、自然破壊、環境破壊を引き起こしてしまった。樹木葬というのは、それに対して、墓地を樹木化することによって自然環境を保護していこうとするものです。一関市の祥雲寺の場合も、産廃業者が里山に出入りし始めてたことに対する危機感も一因になって、樹木葬の計画が始まっています。
 今、イギリス、スウェーデン、ドイツでも、こういう樹木葬といいますか、森林墓地がはやってきているし、韓国でも樹木葬が法制化されました。イギリスを視察したとき、彼らは、自分たちは、土葬した上に木を植え、微生物や動植物が再生していく新しい生態系をつくっているんだと言っていました。こんなふうに世界レベルで起こっているのは、やはり産業化を経験した国の市民たちが、その代償として荒らされた自然のありさまを憂い、自分の死をもって、後世の人たちに自然を残してあげたいと思っているからでしょう。自分たちにとっても、自然に還ることが心地いいのです。この動きは、日本という一地域のものではなく、世界的な傾向で、仏教者が好まざろうが、これをとめることはできないということを、産業化の帰結として起こった核家族化を止められないのと同様に、まず知っていただきたいですね。

樹木葬が
仏教再発見の起因となる


【井上】それで、お話をもどして、具体的に寺院にとってどんな影響があるかという点ですが、まず樹木葬は収益が大きい。例えば知勝院(現在、祥雲寺は檀家制度をとらない別院・知勝院をつくり、樹木葬の運営にあたっている。よって以下、知勝院と記す)では、もう一千四百区画売れている。最低でも五十万円、二人で申し込んで六十万円ですから、何億という額ですよね。

【藤木】いわゆる永代使用料などでしょうか。

【井上】使用料と環境保全費です。それに知勝院では、最後に墓に入った人から三十三年が過ぎたら重複埋葬することの承諾を、契約時に得ているので、更新していけるんです。購入した人は檀家ではなく、会員になります。なかでも信仰心のある人は知勝院の信徒になります。そしてお寺ではきちんとメモリアル(合同祭祀)をやる。
 永代供養墓や樹木葬のような継承を前提としない墓が、これからの社会では主流の一つになっていくでしょうから、家族による供養だけではなく、お寺が年一回は合同祭祀を催して、人々は生前からそれに出席する形態をとるようになるでしょう。亡くなったお仲間を慰霊するというような形で、宗教行事に参加するわけです。自然の中にたたずんで、笛の音が聞こえて、敬虔な気持ちになって、身内を亡くした人、身内はまだ誰も死んでいないけれど、お仲間さんが死んだからといって献花する人もいる。
 そういう中で、やっぱり生前戒名をいただきたいという人も出てくるし、本当に宗教心が高まってくる。ですから寄付がすごい。ここは自分がいつか眠るところだし、住職家族は自分を守ってくれるのだからということで、一千万以上も寄付された方もいる。
 それから何よりも、檀家だからというのではなく、自分が自ら樹木葬を選んで会員になったという自覚が強いから、いろんな行事に参加する意欲を持っていらっしゃる。生きているうちからそこを訪ね、行事に参加するから、それまで檀家制度に縛られるのは嫌だということでお寺に近づかなかった人たちが、樹木葬を縁に仏教と触れ、みんな素晴らしいというふうになっていっています。

【佐々木】なるほど、樹木葬を自分で選んだということで、仏教に対する自覚的なかかわりが深まってくる。

【井上】
そうです。檀家と違って、関係性は緩やかですが、自分で選び取ったということで、すごく宗教に対しても能動的になる。一方、樹木葬を実施し、さまざまな行事や活動を行なっているところは、積極的に宗教活動をやっているお寺さんだという評価が高いんですね。

【佐々木】千葉県いすみ市にある曹洞宗天徳寺では、従来の石塔の墓に隣接して樹木葬墓を造っているそうですね。

【井上】石塔の墓は見かけたことがありません。御住職の二神成尊さんは無着成恭さんのお弟子さんなんですが、これまで海外の発展途上国で、いろいろと支援活動をやっていた方です。日本に戻って、やはり人のために尽くす仕事をしたいというので、小さなお寺のご住職になられた。その寺の裏山にある土地を樹木葬墓地にして始められたのですが、その第一期は完売して、今は確か三期目の計画が進んでいるように聞きました。

【佐々木】樹木葬の場合、坪数はどれぐらいですか。

【井上】お寺では半径一メーターが多いですね。

【藤木】
一坪ちょっとぐらいですね。

【井上】わたしが理事長をつとめる市民団体=NPO法人エンディングセンターが企画した最初の「桜葬」では、三十五センチ掛ける七十センチです。ちなみに現在は四つめを企画中です。
 樹木葬にもタイプがありまして、私は地域で、一関のような地域にある樹木葬を「農村型」、東京都のエンディングセンターの桜葬や横浜市のメモリアルグリーンの樹木型墓地は、「都市型」としています。
 また、樹木葬墓地のあり方によって次のように分けています。
 (1)雑木林等を樹木葬専用として許可を受けた「単独型」樹木葬
 (2)樹木葬が他の形態の墓地と並存して存在する「エリア型」樹木葬
 さらに、樹木葬墓地の中の墓所のあり方では、次のような形式があります。
 (1)個別墓(住宅でいうと一戸建て)
 (2)集合墓(個別区画が隣接する形で集まって一つの墓をなす。住宅で言うと集合住宅)
 (3)合葬墓(一つの墳墓に不特定多数の人で入る形式)
 一関市知勝院の樹木葬墓地は、単独型で、個別墓です。エンディングセンター桜葬墓地は、エリア型で、集合墓と合葬墓の二種類があり、横浜市のメモリアルグリーンの中の樹木型墓地もエリア型で、集合墓です。これらの分類のほかに、墓地の特徴から「里山型」「奥山型」「庭園型」などといったネーミングがされています。

【佐々木】「桜葬」というのは、桜の木を植えるから。

【井上】
はい。わたしたちは、桜の木の下にみんなが眠るという桜葬墓地を、全国に進めているんです。 今、わたし、東京都公園審議会霊園専門部会の委員をやっているんですが、そこで都立霊園につくる新しいタイプの墓地として、樹木葬を盛り込んだ答申が、来年(2008年)三月に発表されます。すでに十一月に「中間のまとめ」を公表して、都民の賛同の声を得ています。

現代人にとって三十三回忌がお墓の賞味期限?

【藤木】先ほどのお話で、寺院経営の樹木葬の場合、三十三回忌を過ぎると、次の人に譲ることになるのですか?

【井上】エンディングセンターの桜葬墓地は、使用権は永遠で、そこに別の誰かが入ることはありませんが、その他の墓地ではその可能性があります。
 しかし、樹木葬は継承を前提としない墓ですが、前提としないというだけで、継承者がいる方たちもたくさん買っています。実際、エンディングセンターの桜葬ではファミリー用が一番売れています。継承しなくてもいいし、子どもたちが入るといえば、継承もできるんです。

【佐々木】継承者がいない場合、三十三回忌後、遺骨はどこへいくんですか。

【井上】
どこにも行きません。

【佐々木】そうすると、人様がいるところへ後から入るのは嫌だという人はいませんか。

【井上】自然に還るという考え方ですから、今のところ文句は聞きませんね。樹木葬が既存の墓と違って心地いいので、深く考えないのかも知れません。
 また、今の人たちは、自分が社会とかかわった中で出会った人たちには、自分が死んでも覚えていてほしいという気持ちはあるけれど、会ったこともない何代も前のご先祖さまとか、自分が絶対会うこともない何代も先の子孫に、自分が祀られたいなんて思っていないんですよ。ですから、最後の人が葬られてから三十三年という長さは適当ではないかということで、みなさん納得されます。

【藤木】姓が違った人がそこに入ってもいいわけですね。

【井上】まったく構いません。樹木葬は自由なところが現代人に受けているのです。檀家制度をとっているお寺では、お墓を継ぐのは「お嬢さんでもいいですよ」とは言ってますが、やっぱり男系で継いできた伝統が長いわけです。またお寺から寄付をしてくださいと言われたら、お付き合いもあるから断れない。違うお寺のご住職がいいから、そちらの宗派に行きたいといっても変えられないとか、檀家制度には制約があります。
 今までは、村落共同体があり、家制度があって、檀家制度というのも村人の心にフィットしていたかもしれませんが、いまではそうしたものは崩壊しつつある。都会ではもう制度疲労を起こしています。そうした制度をほどいていって、あなたの心のままに選べますよというのが樹木葬なんです。

【藤木】樹木葬に対して反発があるとすると、それは墓石業者と、それと組んでおられるお寺さんですかね。ですが、井上さんのおっしゃるように、それは長い目で見るとお寺の利益にならない。

【井上】檀家制度は、この先先細りですからね。浄土宗の僧侶で研究者の方が、地方のお寺の調査をしたら、法事の中抜きは当たり前になってきている。都会で起きていることが地方に波及すると、崩れ始めるのは速い。例えば自宅でお葬式をやっていたのが、セレモニーホールができると、わっとそちらへ移行してしまうとか。
 しかしながら、世代によって檀家制度がとても心地いい世代もありますから、そういう方々を大切にしながら、一方ではやっぱり個の宗教というものが求められている時代ですから、樹木葬みたいな社会性のある運動は必要でしょう。両方あっていいと思います。
 世界レベルの環境問題が考えられている中で、日本の里山を再生していく。自分が死んで次の世代の人たちに自然を残してあげるんだという大きな夢がある。それがいいんですよね。

崩れいく先祖崇拝を復活させるべきか?

【佐々木】佐藤俊晃さんは、秋田県鷹巣町にあるお寺の住職ですが、御当地の実情を踏まえてどう思われますか。

【佐藤】わたしの地域は寒村で過疎化も進んでいるところで、もう今の日本では珍しいかもしれませんが、ご法事は、お寺の過去帳で分かる限りは、二百回忌、二百五十回忌、三百回忌もします。八代から十代ぐらい続いている檀家も少なくないし、弔い上げをしてしまわない地域だった。
 しかし、今では、若い人たちの中から、「二百回忌にもなったら、もうそんな人は誰も知らないんだし、やらなくてもいいのではないか」という人も出てきた。
 これは、旦那寺の和尚にとっては結構痛手ですので、地元の郷土史を勉強して、この地域で二百年前に大きな洪水があったとか、百五十年前に大きな飢饉があったとか、地域の中でみんなが共有してきた歴史をお寺の新聞とかいろんな講習会でお話するようにしているんです。そうした村の苦難を乗り越えて今につながっているのがご法事なんだということを説明するわけです。
 井上さんのお話のように、故人と自分が面識があって、思い出に残っている間のお付き合いということになれば、時間的なスパンは三十年から四、五十年くらいのものだと思いますが、今、お話したことは、それを超えて続いていけるものがないかなと考えたわけで、ちょっと時流に抵抗しているようなところがあるかもしれませんが。
 もちろん、若い人たちはどんどん町に出ていって稼いでいたり、あるいは県外に出て家を建てたりしているものですから、一方ではそういう古いことを大事にしていこう、伝統を守ろうとするところもあるし、少しずつ崩れ始めているところもある。その崩れ始めている人たちのために、この樹木葬というのは、非常によい考え方だなと思っていました。
 檀家制度には、昔のご本家さんがいつまでも上にあったりとか、分家の人は今は経済的によくても、ご本家の上を超えないようにとか、そういう地域の人の桎梏みたいなのがあちこちに見える。そういうのが嫌だなという人たちが多いですよね。
 できれば、本当の信仰を核にしたお寺の結び付きということをリセットするために、樹木葬という考え方が、今までの既成のお寺にとっても、明るい役割を与えてくれるのではないかと思っています。

【佐々木】今、伝統的な仏教習俗が、非常に大きく崩れてきている。そのなかで、無宗教葬だとか、自然葬だとか、直葬だとかいろんな葬送の形が出てきているわけで、それによって寺檀関係というものが大きく動いているという事実がある。
 ところが地方に行って曹洞宗のお坊さん方に話す機会があると、われわれは家を復活させ、先祖崇拝を日本人の価値観の基盤として再構築することこそ大事じゃないですかというような意見を信念としておっしゃるお坊さんもいるんですね。

【佐藤】その気持ちは分からないでもありませんが、一つの先祖というルーツが、今の家族共同体とか親族共同体をどこまでつないでおけるのか疑問です。自分でお寺を持っている身としては、自信のないところですね。山林も田畑もここにあって、何代も続いている家なら先祖崇拝ということもあるでしょうが、そういった伝統的な家族とか共同体というものは、もう崩れ始めている状況です。
 例えば関東のほうへ行ってしまった若い人たちが、親戚とのつながりもほとんど疎遠になってしまって、今、田舎に残っているおじいちゃん、おばあちゃんがいなくなってしまうと、もうお付き合いがなくなってしまう。そういった人たちを先祖崇拝という一つのことばでつなぎとめておくのは、もう難しいだろうと思いますね。

遺骨をペンダントやダイヤモンドの指輪に

【佐々木】話は変わりますが、このところ「手元供養」という言葉もよく聞かれるようになった。十年ぐらい前から目立つようになったそうですが、これは埋骨をしないで、遺骨をずっと自分の家の中にしまい込んで朝夕そこで手を合わせたり、あるいは、埋葬しても遺骨の一部をペンダントにしたり、ダイヤモンドの指輪にして常時身に着けるといったやりかたです。
 これは一時的現象なのか、現代の個人化とか家庭のある種の状況を、シンボライズしているものなのか。死者の遺骨に対する「けがれ」だとか、気持ちが悪いとかという感情は今の人たちからはなくなって、愛する人の存在を感じさせるものであれば、遠くに葬るよりもそばに置きたいという、こういう気持ちというのは、社会学的にはどうなんでしょう。

【井上】まさしく今を表していると思います。わたしはそれに関して意識調査をして日本宗教学会大会(2006年度)でもその結果を発表しました。じつは、うちでも父の遺骨の一部が置いてあります。「手元供養」ということばは、それが商品化されてから言われるようになったのですが、商品化される前から、そういうのがはやり初めていたんです。

【佐々木】それは、いつごろからですか。

【井上】一九九三年ころです。いろんな人たちにインタビューして、「核家族の死者祭祀」をテーマにして論文を書きました。そのときに生の声を拾いました。核家族のライフサイクル、最初、男女の結婚から始まって、子どもが生まれ手家族は増えるが、子どもは巣立って、最終的に夫婦二人になり、最晩年は独居になる。
 配偶者が亡くなって、自分一人になってしまったときに、まるで生きているかのように遺骨に話しかけるんですね。「お父さん、今日はこんなことがあったのよ」とか、あるときはその骨(亡き配偶者)に向かって、「ビールで乾杯するの」と言った人もありました。肌身離さず持っていたいとかね。それが配偶者を失って一人で生きていく人の生活の知恵なんです。なぜ遺骨かというと、伝統的な霊魂観がしみこんでない人たちにとって、唯一、故人の一部、故人が生きた証、骨が故人そのものになっているんです。
 ここまで聞くと、仏壇の前の光景と一緒なんです。それで最初、わたしは、仏壇がない人たちかと思ったのですが、調査では、びっくりしたんですが、八割の人が仏壇を持っていたんです。それで、遺骨に対して、毎日お花をあげたり拝んだりしている。お仏壇と同じようなことをやっているんです。
 じゃあ、あなたにとって仏壇と手元供養はどう違うのかと聞くと、仏壇はご先祖さま。自分の夫やかわいい子どもは、もっと身近で感じていたいからそこに入れない。宗教学で言うところの伝統的な先祖崇拝の流れとメモリアリズムが、共存している形です。

位牌よりも遺骨こそ故人そのもの

【藤木】仏壇というのは僕らからいうと、それは手元供養だと思うんですが、それをまた分けるんですね。

【井上】女性の気持ちになって考えると分かるんですが、平均寿命からいって妻の方が夫よりも後に残るじゃないですか。そこに、手元供養の携帯性と分配性というのが生きてくる。従来、長男だけが祭祀を継いでいたのが、手元供養だと分けられる。
 ある家の場合、お仏壇があった。それで、亡くなった人の長男が位牌の入ったお仏壇を引き継ぎ、亡くなった人の妻は夫の遺骨でプレートを作ったんです。そして、まだ結婚しない娘には遺骨でペンダントを作ってあげた。今まで女の子というのは、夫の両親の供養は毎日のようにしても、自分の親を供養できなかった。でもペンダントになっていれば、嫁ぎ先でも身近に置いて供養できるじゃないですか。

【佐々木】わたしも先だって、台湾まで旅行しましてね。そのときに、六十歳ぐらいの奥さんが団員の一人だったんですが、おずおずとペンダントを出しましてね。これ、ダイヤモンドなんだけれども、実は主人の遺骨なんですと言う。いつでも旅行に出るときは一緒です。わたしは飛行機は初めてで怖いけれども、揺れたりすると、ぎゅっと握り締めているんですと言っていた。ところで、遺骨からつくったこうしたペンダントやダイヤモンドに対する開眼供養、いわゆる魂入れの儀式をお坊さんがやるんでしょうか?

【井上】それは聞かないですね。

【佐々木】それは問題だなあ。ちゃんとお位牌からご主人の命を移して差し上げますよというようなことは、理解されませんか。

【井上】もう別物だと思っていますから。お位牌よりも、遺骨のほうがその人なんですよね。しかし、僧侶のアプローチ次第というところもあるんですがね。僧侶ははじめから伝統以外のものは否定して理解を示そうとしないですから。

宗教的な何かこそ宗教そのもの

【佐々木】仏壇は仏教の管轄ですが、核家族が遺骨を指輪にしたりするのは宗教現象ではないはと見ますか。それとも宗教的な何かがあると見たらいいですか。

【井上】宗教そのものだとわたしは思います。

【佐々木】
それは仏教とはかかわりのないところの宗教性ですね。

【井上】
取りあえずはね。だけど、手元供養品を持って、いいお話を聞きに仏教の寺に行くと思いますね。ですから、本来の仏教に戻ったんだと思うんですよ。
 檀家制度だとか仏壇、お位牌そのものは、仏教ではないじゃないですか。今までの伝統的な仏教習俗は、今の人たちには意味を持たない。しかし、人間として生まれて来て、肉親が死んだりすれば、親子の情というものは変わらずに存在する。現代社会では、どのようにしたら亡くなった人を思う心情に寄り添い、悲嘆から救ってあげられるか。そこに仏教側がピントを合わせていろんな行事を行なえば、参加した人はみんな人生観が変わったと言います。皆さんそれを待っていると思います。伝統的なものが現代人にフィットしなくなって乖離し、いま代替のものを試行錯誤しながら求めている状態です。信仰心がなくなったわけではありません。むしろ強く求めているんですね。

【佐々木】仏教とかキリスト教が関与しなくても、遺骨が形を変えたものを肌身離さず持っているということは、宗教の最も古い形にある。フェティシズムがそうです。フェティコというのは、亡き人の歯とか何かを身に付けて、それに呪力があるからお守りとして持って歩いた風習です。
 仏教でも大乗仏教などは舎利崇拝から出てきたという説がある。お釈迦さまの遺骨だとされるものは、今でもストゥーパを建てて、あちこちで祀られている。やっぱり、ありがたいんですよ。お釈迦さま自身は遺骨など気にしなかったけれど、残された人たちは大事にして、仏教発展のきっかけをつくった。

【井上】やっぱり多くの人たちを救うとなったら、形があるのもいいですよね。

【佐藤】手元供養は専門の業者がいるんですか。

【井上】ええ。一九九五年をちょっと過ぎたころから、いろいろあります。二〇〇五年に「手元供養協会」ができたくらいですから。

【佐藤】火葬して上がってくるお骨というのは、どういう状態になっていますか。

【井上】日本の火葬場で上がってきますから、灰ではなく原形がある形で上がってきます。

【佐藤】すると、そういう原形をとどめている形のものを壊してしまうことを、タブー視していないということですね。

【井上】逆に皆さん、壊したがっています。伝統が染み込んでいない人たちにとっては、リアルな形よりは、さらさらのほうが気持ちいい人もいます。アメリカ人などが日本の葬儀に出て、骨揚げに立ち会うと、グロテスクだと言います。

「骨と対話」する日本人独特の感性

【佐藤】そのあたりの考え方の違いなんだろうなあと思うんですが、まだうちのほうでは、お骨を壊すということに、非常に抵抗があるみたいです。お骨の中の一部を取っていくと、足がなくは歩けないじゃないか、とか言う。だから、火葬場で上がってきたお骨も、骨箱に入れるときには、足のほうから順番に入れて、そして頭を入れて、きちんと人体がそこで構成されるようにしますよね。それを何かに加工してしまうということ自体、うちのほうだと抵抗があるのかなあと思う。

【井上】土葬が比較的最近まで行われていた地域ではそうかも知れませんね。わたしも、お坊さまに、何で骨揚げの儀式のときに人体の骨の形を残すんですかと聞いたことがあります。その方は、土葬から火葬に変わるときに、みんな火葬を嫌がったので、わざと形を残すことによって不安を和らげたとおっしゃっていました。だけど、今は土葬を知らない人たちがほとんどですから、形を残す意味がなくなってきている。
 ただ、わたし自身は加工するのは嫌いなんです。蓋付きの器に父の遺骨(分骨)を入れていますけど、灰ではなくそのままです。
 外国では火葬のさい、体の部位がわかるように焼き上げようと注意を払っていないですよね。特に散骨を行っている国では、火葬場に遺骨を砕く機械が備え付けられている。アメリカ、イギリス、韓国で見てきました。骨揚げの儀式をやっているので、日本は特殊なんです。焼き上げ方も、ちゃんと遺骨が残るような火加減になっている。

【佐々木】遺体そのものに対する意味付けが、クリスチャンと日本人とではかなり違いますからね。今ではアメリカでも火葬が増えているとはいえ、三日後に魂は昇天し、遺体は大地に返さなくてはいけないから土葬が原則だった。だから今でも、イラクで戦死した米兵などは現地で火葬にはせず、エンバーミング(死化粧)して本国に送り返している。
 ところが、われわれのほうでは、亡き人の人格というか命が遺骨の中にまみれてあると考える。それは感性のレベルであって、理屈では分からないことですが、「骨と対話」する日本人独特な感性があるんですね。

【藤木】手元供養は今後増えますか?

【井上】増えると思いますね。だから、わたし、仏教に頑張ってもらいたいんですけどね。どういうことかというと、一番売れている形というのは宗教性のない形ではなく、お地蔵さんだとか、祈りたくなるようなものなんですよ。やはり、ただのオブジェを拝むよりは、日本人の中に染み込んだ伝統的な何かに惹かれるわけです。 ですからお坊さん方も伝統を守ることだけに専心するのではなく、人々のこころにある潜在的な欲求に気づいてほしいと思います。

【佐々木】そうした潜在的な仏教への期待を、じつはお坊さんたち自身が気づいていないんですね。おっしゃるとおり、そこに、新しい形を与えることによって、日本の宗教文化を再興させる道が開けるかも知れません。

現代人を振り向かせるには工夫が必要

【佐々木】樹木葬から手元供養まで話題にしてきたわけですが、こうした葬祭のさまざまな変容に対して、既成仏教はどう対処したらよいのかという点にテーマを移します。
 いろんな学者や文化人の中には、もう家というものが壊れ、先祖崇拝がなくなったんだから、お墓やお葬式のことばかりやっている仏教から、直接、人々の「苦」と向き合って、社会事業的な働きかけをしていく仏教へ変わるべきだという人も多い。しかし、そのモデルは東南アジアのエンゲージドブディズム(社会参加型の仏教)からきている。日本のように、社会制度が発達したところでは、所詮、二番煎じでしかないという意見もある。
 では、何をやるべきか。やはり、ご先祖というか、死者を供養するということが、日本人の宗教観念の一番底にあるマグマである。既成仏教はその部分を担ってきたということに自信を持って、そこから仏教再生の火をつけていかないと駄目だ、という意見も多い。 いま現在、お坊さんたちの主張は大きくこの二つに割れそうな気がする。井上さんは社会学者として、どうお考えになりますか。

【井上】いまの日本は社会が豊かになって、自分が生きているということが自明的すぎて、生かされているとか、生きているありがたさを感じるというようなことはほとんどない。しかし、それでいて人々の心は満たされていない。そんな状況の中で、宗教教育ほど大切なものはないという意見は多いわけですが、じゃあ、既成仏教を教えようとすると、みんななじみがないから逃げてしまう。なじみがあったはずの葬祭や法事などは家というものが基盤になっているために、集団から個人へ意識の転換が起こった今では、感性に合わなくなってしまっている。
 ですから、今の人たちにフィットするようなところから、入り口、間口を広くして、仏教の教えではこういうふうになっているということを説いて導けば、若者たちも高齢者も、とても救われると思うんですね。
 お経でも毎日同じ伝統的なお経を読んでいるのではなく、オリジナルのお経を作るとか。お寺という大きな伝統的な建物に入って、ぬかずきたくなるような気持ち、祈りの気持ちというのは誰にでもあるじゃないですか。
 お寺というのは、もともとそういう装置を持っているんだから、そこを何とか工夫して、儀礼でもスポットライトを当てて、聴衆をいかに感動させ宗教的な気持ちの高まりを深めていくか。そんな演出を、一生懸命みんなで考えてみるのもいいんじゃないかなと思うんです。

【佐々木】お坊さん側はどうしても伝統に固執し、各宗の理念で人々をがんじがらめにしようとする。しかし、それではもうだめで、現実の社会の中に生きる民衆と、どう接点を持ったらいいか、工夫が必要だということですね。

お坊さんが
自然淘汰される時代が来る?


【佐藤】今日のお話は非常に参考になりました。伝統的な檀家制度がだんだん疲弊し先細りになっているとはいうものの、地方から都会に出た核家族の世帯の中でも、やっぱり信仰を求める気持ちとか、宗教を求める気持ち自体は、全然薄れていないと思うんですね。
 伝統的な仏教儀礼だとか、お葬式や年忌、追善供養のご法事のあり方がかなり形骸化してしまっているのは、否めないところだと思うんですが、その中身をもう一回注入し直すということが、大切だろうと思うんです。
 例えば、どうして三と七のつくときにご法事をやるのかなんていうときには、三の付く年というのは、過去と現在と未来の時間的な三で、今、この人のご供養をすることによって、その人の過去につながり、未来の子孫につながっていく功徳になるとか。あるいは、七のときは、上中下、東西南北の空間的な広がりを意味し、この仏さんのご供養をすることによって、どんな遠い人たちまでにも功徳が及ぶというというようなお話をしたりする。
 今までやってきたことを変えるというよりは、新しいことばを使って説き直していくということが、大事ではないかと思ったりもするんですよ。
 年忌法事の大切さというのは、一つの家族、親族が、一本の木のようなものだと。みんな根っこがあって、幹もあり枝葉もあるので、土の中に入っちゃったのは亡くなった人たちで、土の上に出ているのは生きている人たち。樹木葬じゃないですが、それがみんなつながっているのだいうようなことを話します。
 今、核家族とか、個がクローズアップされる社会になってきていますが、そうやって離れていった個の人たち自体が、親しい親族とのつながりに深い結び付きを求めようとしている現実があると思うわけです。

【佐々木】わたしは、伝統的な行事や死者供養の形、それから今日の話に出たような樹木葬や手元供養のような極めて個人的なもの、そうしたもののいずれが正しいか、どちらを取るかというような議論は、今のところ意味がないと思うんですね。
 両方を見はるかして、それぞれの寺で、自分のところではどういう段階で、何をすればいいかということを考えることが、喫緊の事態になってきていると思う。
 いずれにしても、最後は人の問題ですから、僧侶一人一人が自覚的になって、檀信徒に対しては緩やかなとらえ方をして、弾力的な役割を果たしていくことが必要だということでしょう。 最後に、井上さん、お坊さんがたに要望したいことはありますか?

【井上】失礼ないいかたですが、それはまだ先ですが、今後、全ての寺が残っていくのではなく、寺やお坊さんたちも少しは自然淘汰の方向に向かうだろうと思います。というのは、過疎過密の問題もあるけれども、やはり江戸時代の寺請け制度は、一人一人が主体的にこの宗教をと思って入信したわけではなく、為政者側からの政策であったということがあります。当時、国民全員が地域のお寺の檀家になった経緯があって、それは家を単位とした先祖崇拝があって成り立ってきたと思います。それが家制度は廃止され、家意識も薄れた今では、一人一人が宗教を選ぶ時代です。ですから、檀家は菩提寺に生まれた子どもというだけで、住職として何が何でも尊敬しなければならないというものでもない。先祖のお墓という人質ならぬ「墓質」さえなければ、誰にお葬式を頼んでもいいわけですし。
 ある意味、よい時代が来たなと思います。仏教者は自分が仏教者であることを常に自覚し、鍛錬する。それからわたしたちは、それを見ながらちゃんとした仏教を選んで、自分たちが救われたいと思う。今やそういう社会が訪れていて、何か再構築するのにとてもいい時代ではないでしょうか。こんなにわたしたち一般市民が、こちらを向いてとラブコールを送っているのですから、どうか宗教者は、こちらを向いてほしいですね。

【藤木】今日は長時間にわたって、どうもありがとうございました。

(平成19年12月17日収録)