編集後記

 宮崎禅師様と私の出会いは 昭和四十二年に永平寺に安居させていただき、後単行に配役された時でした。
 後堂職であられた故禅師様は、当時から私たち行者より早く起きられ、僧堂にも早く行かれましたので、行者当番になると後堂老師に負けじと頑張ったものですが、いつも老師が先でした。
 私には他に二つの思い出があります。その一つは老師から墨をするように言われ、結構な時間をかけてすり上げたのですが、その硯をお渡しする直前に、目の前でひっくり返してしまったのです。その時のお言葉が「軽いものは重く持て、重いものは軽く持て」とのお諭しでした。そのお言葉の意味するところは、今六十三歳になってわかりかけてきたところです。
 もう一つの思い出は、当時の熊澤禅師がご遷化になられた時でした。大衆に知らされたのは、たしか昭和四十三年一月七日の暁天坐禅中でした。内寮に連絡が入り、私たち行者は何も知らなかったのでした。老師のお言葉はお哀しみの中にも修行の大切さをお説きになるものでした。
 それから四十年の歳月が流れ、「曹洞禅グラフ」では特集に出ていただいたり、お正月号では巻頭のお言葉を賜りました。
 私にはお示しいただいたすべてを吸収する器がありませんでしたが、思い出と共に少しずつ私の生きる糧になる御縁をいただいたと、ありがたく思っております。

 第十号の発行後、全国から三十七ヶ寺、二九〇、三〇〇円のご支援金をいただきました。おかげさまで続行が可能になっています。誠にありがとうございました。
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         編集発行人・藤木隆宣 九拝