座談会 今迫られる曹洞宗の行政改革

《出席者》
A師(群馬県・一寺院住職)
B師(愛知県・一寺院住職)
藤木隆宣 (仏教企画代表・臥牛院住職)


多々良問題の根底にあるもの

藤木 今回の多々良学園の問題は、これほどの事態になる前にどうしてチェック機能が働かなかったのか。

B師 宗会議員の人に聞いてもそれは学校法人の問題だからといって逃げてしまうし、実際、問題にしようとしても深入りできなかったと言っていた。

A師 こうしたことは今に始まったことではなく、上のごく一部の人たちが密室でことを進めているところに問題がある。宗会議員の選挙のやり方自体、競争がなく安穏としていられるような方式だから、相手の非を突くということもない。実際、宗議会はなんでもナアナアで、危機感なんてまったくないそうだ。

藤木 有道会系、總和会系同数で、与党野党という対立がないから、お互いにまずいところは隠しあっているわけだ。議員の中には、選挙法の改正をするとどちらかの会派に偏ってしまうと恐れている人もいる。

A師 それはやってみないと分からないだろう。結局そうやって、お互いに牽制しあって今のような二会派が同数となる選挙法を作り上げてしまったわけだが、そういう制度の中で勢力を握った人たちがもう何十年という長い間、自分たちの意のままに宗政を操ってきた。

藤木 そうした隠然たる権力者たちとそれに追随するグループが会派を牛耳って来た結果、とうとう今回のような事態にまで至ったというわけだ。

B師 そうした勢力が宗政だけでなく、宗門関連の多くの大学、短大、高校などの人事までほしいままにして、そこから個人的に莫大な利益を得ているというのは周知の話だ。多々良学園の問題はその一端が露呈したにすぎない。

A師 宗議会でそういうことを究明することができないとすると、外部の有識者を集めた監査組織をつくる必要がある。今ある審事院という組織は両会派の勢力的なバランスを取るだけの組織で監査的な役割はまるで果たしていない。

B師 曹洞宗の抜本的な行政改革が必要だね。

宗務庁改革の必要性

藤木 重大な問題が噴出している今こそ改革を断行しなければ、永遠にできなくなってしまう。宗会議員のなかには、「議員が悪いというけれど、みんなが選んだんじゃないか」と居直る人もいるが。

A師 それは卑怯な言い方だ。すべてを任せるということで選んだわけではないし、選ばれた議員には責任がある。

B師 わたしは宗会議員の数を減らすことが絶対に必要だと思うし、それから、宗務庁の改革が必要だと思う。まずは人件費を明らかしてもらいたい。とくに上のほうの役職になると、檀務があるからといってはしょっちゅう休み、それでいて大企業並みの給料や有給休暇をとっているという話だ。宗費を上げるなんていう話があるが、わたしはまず宗費の膨大な無駄遣いを削減することが必要だと思う。

A師 出版といった特殊な分野のものは、外部に発注したほうがいい。経費が安くなるばかりでなく、アイデアが斬新だから、売れて利益を出すこともできる。宗務庁は監修だけすればいい。

藤木 そのあたりを改革するために、外部の諮問機関を作ったらどうだろう。

B師 それについては以前、外部の諮問機関に曹洞宗の布教方針を諮問したところ、曹洞宗の教義にそぐわない方針が出されて混乱したこともある。

A師 それは逆に言うと、宗門の布教方針一つ、内部で明確に示されていないということだろう。実際、宗務総長がきちんとした布教政策を打ち出すということもないし、本山は本山で勝手にやっているし、各寺ばらばらで宗門全体に統一感がない。

曹洞宗は「点」だけで「面」がない

藤木 この前ある仏教雑誌の代表と話をしていたら、創価学会のもつピラミッド組織のすごさということをおっしゃっていた。上から下にピシッと方針が行き渡るようになっている。それが信仰だけでなく、政治的な勢力にもなって現実に社会を動かす力にもなっている。その点、曹洞宗は「点」としてあるだけで、「面」としての広がりがない。

B師 そのとおりで、曹洞宗にはそういうピラミッドがない。いったい誰が明確なビジョンを持って曹洞宗を引っ張って行っているのか、さっぱり分からない。宗務総長がきちんと布教方針を示したり、僧堂の教育方針を決めたりということもない。みんな、バラバラだ。この前も宗務庁でお師家さんの会合があったそうだが、あれほどつまらないものはないという話だ。みんな、何もしゃべらない。そういう人たちが、僧堂の責任者たちだということだ。

A師 野球でもコミッショナーにもっと権限を持たせないといけないという話が出ているが、似たような話で、曹洞宗でも本来、もっと管長が権限を発揮して布教方針でもなんでも出すような体制を作ったほうがいいという人もいる。

B師 宗門系列の大学などでもそうで、駒澤大学、愛知学院大学、東北福祉大学その他みなバラバラで、宗教教育だってどれほどやっているのか疑問だ。

A師 駒澤大学を始め宗門の学校は当初は赤字経営だったが、それぞれの学校が学校法人としての経営努力をした結果、黒字になった。そうなると今度は宗門がいいとこ取りをして、理事長は曹洞宗が任命しますというような仕組みを作り上げたわけだ。それに乗じて、学校経営から甘い汁を吸おうという人たちが出てきた。

藤木 宗門系列といっても各大学・高校など、みな独立した学校法人だから、理事長になる人はよほどの識見のある人でないといけない。しかし、実際問題として、宗門が任命する僧職にある人に学校経営が分かるかというと疑問だ。多々良の問題でもそうだが、今後、宗門と学校法人との関係をどう位置づけていくか、早急に見直す必要がある。

選挙改革を妨げる金銭授受の習慣

藤木 ここで改めて宗会議員の選出方法について考えて見たい。誰でも立候補できて、選挙演説を聞いて投票するというようなシステムはできないものか。

A師 これまでの選挙は金が絡んでいた。実際、とんでもない金が動いている。選挙制度を変えても、坊さんの世界の慣習があるから難しい。問候ですとか、御本尊様にと言われると拒むほうが失礼だと思われる。

B師 だから、両方からもらっておこうという寺院も出てくる。しかし、こんなことをやっていたら、世間からばかにされますよ。それくらい、世間の常識から逸脱したお坊さんが多くなっている。

藤木 そうなると、やはり今人材育成ということが急務だろう。創価学会などでは、もう既成の伝統仏教ではだめなんだというキャンペーンを張っている。実際、伝統仏教の影響力が薄れていることは否めない。

A師 そうなると既成仏教の強みは葬祭だけということになる。

藤木 葬祭は葬祭でしっかりと現代教学を確立してやればいいと思う。曹洞宗を含め、伝統仏教がやってこれたのは、葬祭をやってきたからだという現実がある。いずれにしても葬儀を布教の絶好の機会として活用しなければいけないし、その前提となる寺檀制度というものを死守する必要がある。全国の寺院はその点、脇が甘いというか、そういう認識が薄いように思う。

宗門にも必要な地方分権

B師 それはそうだが、一方では、今の少子高齢化ということもあって、地方の僻地では村が消えていっている。必然的に檀家が減る。そうなると葬祭に依存してきた寺はどうやってやっていけばいいのかという問題がある。

藤木 そういう現場と、宗務庁との間に宗務所があって問題に対処するべきだが、宗務庁と宗務所との間にそうしたパイプがつながっていない。

B師 宗務庁というのはしょせん官僚だから。国でも言われているように、宗門にも地方分権が必要だ。宗務庁の持っている権限を地方に委譲し、職員も減らして宗務庁をスリム化する必要がある。宗務所に最低限の審査権限を与えないといけない。

藤木 たしかに東京の宗務所でも、独自な布教ができる体制にはない。宗務庁のほうに予算が上がりすぎてしまっていて、宗務所自身の予算がない。これでは現場に応じた活動ができない。宗務所がその県の宗費の半分くらい持つようにして、出版物なども地元に合うものを出せるようにしたほうがいい。

憂うべき後継者と寺族の問題

B師 先ほど、人材育成という問題が出たが、宗門の将来を考えると後継者の問題が大きいね。どこの寺でもそうだと思うが、寺が家庭になって、子どもが裕福に育ってしまって、跡をついでくれさえすれば何をしてもいいというような有様だ。

藤木 それと、寺族の立場の問題ですね。それを今後は明確にしていかないといけない。それは、われわれが在家宗団なのか、出家宗団なのかという問題にかかわってくるわけだが、実際問題として曹洞宗はもはや在家宗団なのだから、住職たる夫とともに、その妻、家族がいっしょに宗門を興隆し寺を守っていくのだという自覚が必要だ。結局、使命感の問題だが、宗門としてはその辺をあいまいにして、寺族としての使命感を教育してこなかった。

B師 まったく、いろんな問題が山積していて暗澹として来る。永平寺系だ、總持寺系だ、などと言っているときではない。

藤木 そう、曹洞宗は小さな村社会になってしまっている。それを脱却しなければいけない。

A師 問題は多いけれど、あきらめたらお終いだ。われわれも宗門への御奉公だと思って、改革にがんばらないといけないね。


(平成十七年十二月十五日、東京にて収録)