多々良学園問題から宗門は生まれ変わらなくてはならない
宗憲を再読すべし
宗教ジャーナリスト 峠 有二
平成十一年、株式会社東京グランドホテルから宗教法人の収益事業に移行する時、最終的な清算額は二十数億円に達したと記憶する。もちろん、それまでに投入された金額は含まれていない。「宗費が安くなる」とか、極端なものでは「宗費を払わなくていい」とまで言われたが、安くなるどころか宗門の大きな負担になった。
さまざまな問題を抱えながら再出発した新生ホテルは、総長演説などからの報告によれば順調といえよう。ただ、当時、宗議会で責任問題が論じられることはなかった。
それが一段落しての二年後の平成十三年、宗議会は学校法人多々良学園のキャンパス移転事業に際して九億円の土地取得費用支出を議決。さらに二年後の平成十五年に十五億円である。一億一千万は支出されなかったが約二十三億円がこの学園事業に支出された。しかし周知の如く学園は宗門の手を離れた。
多々良問題に関しては、学園が設置した調査委員会の報告書もあるが、これに対抗するように宗務庁もまた調査委員会を設置し、さらにまた宗議会も拵えた。宗務庁と宗議会の調査報告書は全面開示はされていないが、旧ホテル問題の時に何もなかったことを考えれば前進といえよう。2信金からの裁判も始まるが、公判の中で新証言が飛び出すかもしれない。
最近、テレビや新聞で報じられているのは公務員の不祥事や組織のトップに立つ者の不正である。代表的なのは岐阜県庁の裏金、福島県知事の疑惑、スケート連盟元会長の汚職などで、一部は捜査機関の対象となっている。
多々良学園問題はそうはなっていないから何をしても構わない、ということではない。曹洞宗宗憲には「禅戒一如」「修証不二」が位置づけられている。ということは仏教者には世俗の法とは別に、高次のルールがあるということだろう。
先般、總持寺系会派の總和会が多々良問題で「反省と責任」を表明した。今日、声高に言われる「説明責任」を果たすものと考えられるが、内容にいまいち迫力がなく、むしろ總和会の責任回避的な面も感じられる。
人権問題で曹洞宗は真摯に向き合い、相応の成果と評価を得た。また教団の戦争責任を明らかにした「懺謝文」は他教団や市民団体からも注目された。ならば、今回の問題をどう総括するのか。
換言すれば、多々良学園が宗門関係でなくなったことは、学生と仏教との縁が希薄化したことを意味する。当初掲げていた「徒弟教育の充実」どころか、宗教教育が見直されている現在、その機会を失ったということだ。この点でも多々良問題の影響は小さくない。
「本宗の行学は、仏祖の身心を学得し、法燈の伝持者及び布教伝道の人器を養成することを目的とする」(宗憲第八条)
「本宗の教化は、全宗門人が行わなければならない」(同九条)
改めて宗憲はじめ曹洞宗規則に目を通す機会である。