人命を軽視した犯罪が多発している。
地域に寄り添う曹洞宗寺院の役割は大きい。
現内局の指導理念を問う。

奈良県 不動寺住職 葛城天快


 周知のとおり、現在、日本全国各地で事件が多数発生している。中でも人命にかかわる事件の大半は無残、無慈悲なもので、犯行は凶暴、凶悪を極めている。政府の規制緩和政策がどんどん推し進められていく中で、人心の規制も制御が利かなくなっているのではないか。あまりに人命を軽視した事件が多発している。
 そこで、わたしは、現内局にお尋ねしたい。それは、今日的に惹起しているそうした問題に対し、曹洞宗はこれをどう分析し、どう対応しようとしているのかということだ。宗門では人権を一つの大きな柱に取り上げているが、例えば子供たちに対するいじめとか虐待という、人権、人命にかかわる事柄をどのようにとらえ、具体的にどう解決しようとしているのか。
 曹洞宗は巨大な集団で、組織的にもなかなか周知、徹底は図れないという問題があろうかとは思う。しかし、全国の寺院の住職というものは、地域の人に対して少なくとも精神的な影響力を持つべきであり、地域のオピニオンリーダーでなければならない。現実に生き、生活している住民に対して何を説き、何を教え、何を諭すべきなのか、宗侶は何を目標とした活動をすべきなのかということを、宗門は具体的な形で示すべきではないか。
 わが宗門は、事を起こすに当てって、いつも後手後手に回っているという感がぬぐえない。地域社会にあって、注目され、尊敬、信頼される存在でなければならない僧侶が、檀家制度という上にあぐらをかいて、のほほんと過ごしているようなことはないか。その結果、商業主義や拝金主義に陥っているようなことはないか。非科学的なものの見方、考え方に基づいて、人々を誤った方向へ導いているようなことはないか。そうしたことを常に検証しなければならないと思う。

 現在、教育に関しては教育基本法が改正された。地方でもいろいろな教育界の見直しが進めれている。しかし、わたしは問題の根幹は学校教育よりも家庭教育にこそあると思う。ところが、その肝心の家庭が今や崩壊している、もしくは崩壊寸前にある。家庭とは、あるいは家族とはということを、しっかりとらえ直すべき時期にきている。そうしたときにこそ、地域社会にある僧侶が、家庭とは、家族とは、ということを説き聞かせる必要がある。
 寺院は、家庭教育、人権問題の相談窓口として活用すべきではないだろうか。また、そういったことができる人材の養成を図っていく必要もあるのではないだろうか。曹洞宗は、未来への展望を持って、全国の地域社会をリードして行かなければならない。そのためには各地域における、それぞれの家庭状況、社会実態に即応した活動を綿密に組み立てて行かなくてはならない。現内局にはそれを早急に策定し、各寺院に提示していただくよう念願する。(談)