●葬儀の論理 2
兵庫県弘誓寺住職 能勢隆之
訂正とお詫び
本紙8号「葬儀の論理1」で、「それは佐々木先生のご寄稿で言えば、次の二つの意見に答えることに要約されると思う」として、a・b二つの意見を挙げていますが、このa・bがあたかも先生ご自身のご意見のような表現になっています(7頁第2段19行目以下)。しかしこれは先生ご自身のご意見では全くなく、ひろさちや氏等の意見をまとめたものです。不注意と言葉の不足により、間違った表現になってしまいました。佐々木宏幹先生および読者の皆様には、心より深くお詫び申し上げます。
次の通り訂正いたします(関連部分を含めて掲げます=傍線部分を追加)。
《訂正文》
それは佐々木先生のご寄稿で言えば、ひろさちや氏等の説かれる次の二つの意見に答えることに要約されると思う。
a 寺院は仏教の本義からすれば、葬儀に関わるべきではない、という意見。仏教の本分は仏道修行である。それをなおざりにして、葬式法事に明け暮れるとは何ごとか、ということである。
b 科学的には死後の霊魂は認められないのではないか。とすれば葬式や法事をして意味があるのか、という意見。
(以下前号からの続き)
九、経験的知的財産の相続
(2)の中、物的財産は、現在の民法では「個人」が相続することになっている。だが私はここに「家」が考慮されるべきと考えている。
現在忘れられているのは、知的・経験的財産である。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がある。「経験に学ぶ」とは、自分の人生経験から考え、判断し、行動するということである。自分の経験は大事であり、ふつうはこうする以外ない。
しかしそれは三十年・五十年の「自分」という「限られた」短い経験でしかない。もっと長い経験、もっと広い多くの経験、そこから学ぶのが「歴史に学ぶ」であろう。書物を読むのもこれと同じで、自分より優れた知恵、自分にはない、自分には欠けている知恵を学ぶことである。
「家」には長い過去・現在・未来がある。今は豊かだが、ほんの数十年前の日本では、どんな暮らしをしていたか。本当に貧しかった。
長い家の歴史の中では、家門繁栄で「自分を見てくれ」と誇らしい時もあれば、誰にも会いたくない、ひっそり暮らしたい、という時もある。
繁栄の時におごらず、窮乏の中でそれに押しつぶされないものがなければならない。繁栄は人をおごらせ、人間が甘くなり、結局家は続かない。繁栄も窮乏も共に恐ろしいのだ。だが家の歴史の中で、それをくぐり抜けてきた生き残りの経験と知恵が子孫に伝えられるならば、それが家を救い、それが経験的知的財産として家に蓄えられるであろう。
物的財産も、民法では個人が相続するが、家による相続が考慮されていなければならない。個人が相続するならば、伝来の家宝も貨幣に換算されて、やがて分散し消失してしまう。家宝は貨幣価値をこえている。
家宝の掛け軸も、家の床の間に掛けられてこそ本当の価値がある。美術館に展示されたのでは、もはや生きた掛け軸とは言えない。美術館を否定する者ではないが、このことは心に留めておくべきであろう。
十、責任を果たすよろこび
私たちは先祖から「家」をあずかっているのである。言い換えれば、仏壇と墓と寺と子孫をあずかっている。
その役目を果たす責任を負わされているのである。その責任を果たすことは、決して容易なことではない。重い責任であり、困難な役目である。
責任など負わされない方が楽である。できればご勘弁願いたいと思う。
だがここにパラドックスがある。不思議なことに、人はこの責任を果たすことによって、かえって人生のよろこびを得、人生の意義を見出すであろう。
それは深いよろこびである。美味しいものを食べたり、旅行をしたり、面白おかしく遊ぶ。豊かな現代、これらがあることは結構なことである。だがこれらは、よろこびとして浅いのではないか。
これらを多く得ることが有意義な人生であり、現代人はそれが目的で生きているように思われる。だが自分個人の快感・よろこびは、どんなに大きくても、ただそれだけではないか。むなしさが残る。より強い快感を求めるようになる。そしてやがて生きる意味が分からなくなる。分からないから快感だけが頼りの人生となる。
十一、宗教の個人的側面と共同体的側面
このように考えると、「家」は単に否定されるべきものではなく、重要なものであることが認識されてくるのではないかと思う。
「家」の存続は、「子孫」の存続である。それは、先祖・自分・子孫と続いてゆく。その中心に「葬儀」がある。葬儀があって、仏壇・墓・寺があって相続されることによって、「家」「子孫」「(物的・知的)財産」が相続されるのである。
ここで明らかになることは、「宗教」と「家」との密接なつながりである。家─葬儀─宗教、とつながっているのである。
ところが近代では「信教の自由」が個人に保証されている。この保証のない国家は、近代国家とは認められないし、これを認めない人は、近代人とは言えない。
だから近代では、「宗教」は「個人」のものと考えられている。それは間違いではない。だがそれによって、宗教が「家」、更に言えば「共同体」のものでもあるということが忘れられることになった。
確かに宗教は、「個人の内心」のことがらである。だが同時に宗教は、おそらくその始まりから「共同体」のものでもあったであろう。
それは人間自体が、個人的存在であると同時に、共同体的存在であるのと同じである。共同体と無関係な個人は、考えられた個人で、実存する個人ではない。
したがって近代になって、「家の宗教」から「個人の宗教」へ、という運動が起こされたが、成功したとは言い難い。
まじめな、情熱的な運動である。私もできれば応援したいと思う。だが「そんなことがあったのか」。知る人ぞ知る、知らない人の方が多い。それが現状である。
宗門でも、檀家制度はもう古い、宗門は脱皮しなければならない、と多くの人が思う。そのとおりである。檀家制度に危機を感じないならば、まじめな住職とは言えないようにさえ思う。眠っているのか、と言いたくなる。
けれども単に「檀家制度は古い」と言うだけで解決するものではないであろう。それは「個人の宗教」運動が成功していないのを見れば分かる。
それはこれまで述べてきたように、「葬儀」が「家」と関わるからである。葬儀は、特殊な場合を除いて、ほとんど必ず「共同体」で行われてきた。家・地域(村が原型)という共同体である。「宗教」は「個人」のものであると共に、「共同体」のものでもある。
このように見れば、檀家制度は、徳川幕府による日本独自の制度であることに相違はないが、宗教が共同体のものという方面から見れば、決して特殊な制度ではないであろう。
十二、信教の自由と宗教の荒廃
ところが近代では、学校でも「信教の自由」が教えられる。そして「宗教は個人のもの」という考えが人びとの意識を行きわたるようになった。
もし一人ひとりが宗教的に自立できるまでに宗教教育が行われる場があったなら、それでよいであろう。
だが近代は、「信教の自由」が市民権を得る時代であると同時に、宗教教育の行われる場である「共同体」の崩壊が必然の時代なのである。
近代以前には、家・村という共同体で、神社・寺院を共有し、共にまつり、共に祝い、共に祈り、共に弔ってきた。そこで宗教教育は自然に行われていたのである。
ところが近代になって共同体が崩壊し、「信教の自由」が言われ、宗教が個人のもの考えられるようになると、個人は宗教教育を何らなされないまま、放置されることになった。
信教の自由は、確かに正義であり、恩恵でさえある。だが実際は、幼児が裸で荒野に放置されたように、何の教育もなされないまま、「信教の自由」という正義の言葉によって、「個人のものだ」という考えによって、放置されることになったのである。
人類は、何万年も前から「宗教」を持っていた。「宗教心」を持っていたのである。その宗教心がわずか百年や二百年でなくなるものであろうか。
「宗教」は否定され、放置されても、「宗教心」は満たされていない。
美田はしばらく放置すればたちまちに雑草がはびこる。日本古来の宗教の上に「仏教」という苗を生育させるため、長い年月と先人の苦労によって見事な美田は整えられていた。それが世に稀有で、世界に類のない「日本仏教」である。私たちはその日本仏教を背負っている自信と誇りを持ち、責任を果たさなければならない。
稲は手塩にかけ丹誠を込めなければ育たない。放置されて傷つくのは稲であり、はびこるのは雑草である。
得体の知れない怪しげな宗教がはびこるようになった。それに何よりも、近代人には「宗教」というものが「分からない」ものとなっている。宗教は、非科学的・非理性的なもの、怪しげなもの、いかがわしいもの、低級なもの、不必要なもの、とさえ考えられている。宗教はますます放置され、遠ざけられ、軽視され、混迷を深めている。
もっともこの傾向は底をついて、宗教教育の必要が国でも取り上げられるようになった。だが具体的にどのように教育すればよいのか。これもまた混迷は深い。
十三、「家」の解明をせずに改革はあり得ない
この混迷・混乱をどのように解きほぐせばよいのか。その重要な一つが「家」の見直しである。
日本の近代化の過程は、そのまま「家崩壊」の過程でもある。私たちは家が崩壊するに任せてきただけではない。「封建的イエ制度」と言って、「家」を積極的に否定してきた。それを正義と考えてきた。
それは確かに時代の必然でもあった。旧来のままではとうてい近代に通用しない、封建的と言われる不合理な面が多くあった。
だが「家」の全てを無批判に破壊してよいものではなかったはずである。少なくとも、今まで見てきたように、「宗教」に「家」はなくてはならないものだった。
「家」を破壊して、そこから新しい「何か」が生まれたか。何も生まれなかった。同様に、「檀家制度」を破壊すれば、新しい宗門が生まれるのか。そう単純ではないはずである。同様に「家の宗教から個人の宗教へ」も、簡単に考えて転換されうるものではない。
世の中は変化し続ける。「檀家制度」もこのままでよいわけがない。これを「何とかしよう」と思うならば、「家」とはどういうものかの解明と認識が不可欠となる。これなくしてこの問題に手をつけようとしても、混乱を深めるだけではないか。
十四、生産活動と共同体
では「家」とは何か。先に「家」は過去・現在・未来を持つ、すなわち先祖と自分と子孫を持ち、子孫が生き残ること目指すものであることを述べた。
もう一つ重要なことは、「家」は本来(近代以前という意味)「共同体」であったということである。その共同体は、単なる人の集まりではない。「生産活動」をするための「共同体」である。
人は働かずに生きて行くことはできない。働く(=生産活動)ところには必ず「共同体」ができる。したがって人は、特殊な場合を除いて、必ず「共同体」の中で生きる「共同体的存在」である。その最小の単位、基本が「家」である。
その次が地域(村落)という「共同体」である。「共同体」では「生産活動」が共同される。
この家・村という共同体のあり方が、日本人の性格や文化を特徴づけている。地政学的に、気候風土的に、そして稲作農業を中心とする生産活動ということから、日本の共同体は特徴づけられ、そこから日本の性格・文化が形作られている。
ところが、次に述べるように、この「共同体」は、「産業革命」によって崩壊する。産業革命によって、生産活動の「場所」と「形態」が根底から変化したからである。
十五、産業革命と共同体の崩壊
産業革命は生産力を飛躍的に向上させた革命であったが、それは同時に、「家」「地域(村)」という「共同体」を、生産活動の場ではなくしていったという意味でも革命であった。「会社」や「工場」が生産活動の場となったのである。
生産活動を共同していた家・村という共同体は崩壊せざるを得ない。「職業選択の自由」として誰もが会社で働けるようになった。家・村という共同体は存在の意味をなくし、ただ「個人」を縛る迷惑なものと意識されるようになる。「家父長的イエ制度」という言葉は、これをよく表している。
会社で働くとは、自分の労働力を会社に売ることである。「個人」は自分の労働力を売る「商品」ととなり、他の商品と同じく、商品として売買される「労働市場」が成立する。
すると、「職業選択の自由」は権利として意識されるが、同時に「労働市場の自由化」でもある。親も子も関係なく一個の商品として自由に売買される。
人間は労働力を売る一個の商品として、「共同体」から切り離されて「個人」となった。これが人には「個人主義」と意識される。
ここに商品社会・貨幣社会・資本主義社会が成立する。そこでは全てが商品価値で計られる。個人の価値も、商品価値=給料等の所得の額、貨幣によって計られる。
なお、これについては、平成十七年・十八年の教化学大会で発表し、『教化研究紀要』五〇号、および五一号(三月発行予定)に掲載されているので、ご覧いただければ幸いである。
十六、言葉に惑わされてはいけない(言葉の宿命)
このように「家」はもと生産活動を共にする「共同体」として生産活動の現場であった。それが産業革命によって、家・地域が生産活動の場でなくなり、共同体は崩壊し、あらゆる方面に地殻変動を引き起こした。なぜなら、生産活動はあらゆる人間活動の基礎だからである。
宗教も、道徳も、教育も大きく変化した。これらは生産活動の現場である「共同体」に属するものだからである。
「宗教」を論ずる場合も、この産業革命以前(近代以前)の「共同体」を抜きにして論ずることはできない。なぜならば人類は、近代以前の何万年、「共同体」を母体として宗教を育ててきたからである。近代というのは、人類の歴史からはわずかな期間である。
だから「信教の自由」「個人の宗教」という「言葉」にだまされてはならないのである。その「言葉」は間違ってはいない。だが「言葉」は、それに光を照射してその本質を浮かび上がらせると共に、光の当たらない陰の部分を見えなくしてしまう。
「言葉」の宿命である。
またいかなる言葉も、全てが正しく全てが合理的な言葉は存在しない。必ず不合理を含んでいる。その言葉を否定する人がいるのはその証拠である。
もしその言葉が正義とされ、全てが正しく合理的であるとされるようになると、その言葉は死んでしまう。進化しない。そしてその言葉全体が不合理なものとなり、気づかないうちに、自ら生まれてくる知恵を邪魔し、ものの本当の姿を見えなくしてしまう。
十七、寺院は 「葬儀」を押さえている
とは言っても「信教の自由」は否定できないし、「内心」を縛ることは誰もできない。誰がどんな宗教を持とうと、それは自由である。
けれども、家の誰かが亡くなった、葬式だ、となればどうであろうか。それは「個人」のことではない。たちまちに「一家」全体のことになる。
そしてその「葬儀」を寺院はにぎっている、ということである。これが「仏教」の絶対と言ってよい「強み」である。これを私たちは認識しなければならない。
「明日は葬式」という時、「信教の自由」などと言う人はほとんどいないだろう。余程のことがなければ、菩提寺の宗教が一家の「一致」した宗教となる。「死後に霊魂はあるかないか」などと言いだす人も、これまた滅多にいないだろう。「葬儀」を押さえれば、「宗教全て」を押さえたに等しいのである。寺院が神社に比べて圧倒的に有利な点はここにあるであろう。
恵まれすぎているのだ。寺院はそこにあぐらをかいている。怠慢・堕落の原因もそこにある。
だが私たちは、このことを先ずはっきり認識しようではないか。自分たちの有利さ、強さ、急所を知っていなければならない。自分たちの位置と役目を認識していなければならない。そこはしっかり確保し、それを手放してはならないのだ。
葬儀はそれほど重要なものである。檀家にとっても、寺院にとっても。
檀家は葬儀を重要なものとして、寺院に求めている。寺院は求められて、その重要な役割を果たしているのである。
私たちはそこに自信を持つべきである。そしてその上で、自分の欠点、悪いところを恐れずに見、あるべきあり方を見出して行くべきであろう。檀家制度の見直しもそこからではないか。
十八、仏教者の本分
以上、「葬儀」を「弁護」してきた。だがそれは、私たちが「葬儀のみ」に関わるあり方を肯定するものではない。このことを明確にしておく必要がある。
重要なことは、私たちの「本分」は「仏道」にある、ということである。
高祖は『?道話』で、「ただ世中に仏法なしとのみしりて、仏中に世法なきことをいまだしらざるなり」説かれている。
「葬儀」は「世法」である。もし「葬儀のみ」であるならば、それは全て「世法」であり、そこに「仏法」はカケラもないことになる。
だがそれを「仏法」として行うならば、「世法」としての「葬儀」は全て「仏法」となり、そこに「世法」は存在しない。ここに天地の隔たりがある。
運水搬柴、草引き・雑巾がけも、食事も、下屎送尿も、世務であり世法である。だがそれを仏法として行ずるとき、これらは全て仏作・仏行となる。「汝等が所行これ菩薩道」となる。これと同じである。
「葬式仏教」という批判も、ここにあるであろう。葬儀の中に仏法がない。世間はそう感じ取っている。言い訳はできない。事実として、私たちはそう感じ取られているということだ。
私たちの「本分」は「仏道」にある。このことを忘れてはいけない。「仏道」を「本分」として初めて「世法の葬儀」が「仏法の葬儀」になる。「仏法の葬儀」でなければ「宗門の葬儀」ではない。
今から三〜四十年前、ちょうど一世代前の、師匠や恩師の元気だった時代を思えば、私はただ恥じ入らざるを得ない。宗門から仏法の「香気」が急速に希薄になっている。消え失せようとしている。人間が軟弱になっている。
仏道の衰退を少しでも挽回して、次の世代および永久に伝えて行かなければならない重い責任を、私たちは等しく担っている。私たちは「仏道」を世に伝える重い使命を課せられている。
仏道を世に伝えるためには、自らが仏道を明めていなければならない。愚かな私には、それは容易ではないが、手探りから初めて、或従知識・或従経巻して厳格・厳密に、七顛八倒しながら、「本物」の仏道を目指す以外にはない。
それは三十年・五十年の参学ではなく、生々世々、未来際を尽くしての参学であり、修行である。
私たち宗侶は、その生々世々の中の「今生」を住職として、この身この寺を与えられて、参学修行している。それぞれが自分の持ち前を発揮し、住職としてそれぞれの務めを果たしている。それはお互いに、掌を合わせて拝みたいほどに尊いことである。