朗読から心の力を養う



楢山節考

  深澤七郎

 夕方近くになると玉やんが、
 「松やん、かまどの火を焚(た)いてくりょ」
 と云いつけた。松やんは火を燃すことは下手で忽ち家の中が煙だらけになってしまった。末の女の子など煙がって泣き出してしまった程である。玉やんもおりんも根っこの所へとび出してしまい、燃していた当人の松やんまでも目をこすりながら出て来てしまった程けむりで一杯になったのである。玉やんが、
 「あっちの方だけは一人前だが、火もしの方は半人足だなあ」
 と云って笑った。おりんは苦しいのを我慢しながらかまどの所へ行って水をかけて消した。それからあらためて燃しなおすとすぐによく燃え始めた。おりんは水をかけた松やんの燃えなかった残りの薪を外にほうり出して云った。
 「こんなものを、こんな欅(けやき)のもしきを、どうして突っこんだずら? 松やん、こんなものを燃しちゃだめだぞ、欅をもせば三年も目を病むと云うぐれえだから」
 それから小さい声で
 「おれなんぞ年をとってるから目が悪くなってもかまわんけど、おまん達は目を病んじゃァ困るらに」
 とつぶやいた。玉やんが
 「松やんは火もしが出来んから、お子守りでもしてくりょー」
 そう云って末の子を松やんにおぶせたのである。末の子は煙たがってまだ泣いていた。松やんは末の子をおぶったが肩を荒くゆすって
 「ろっこんろっこんろっこんナ」
と唄い出した。おりんも玉やんも呆(あき)れ返ってしまったのである。この歌は特別の時しか唄わないのである。楢山まいりのお供の時か、子守りの時に唄うのである。だが子守りの時に「ろっこんろっこん」と唄えば「つんぼゆすり」とか「鬼ゆすり」と云われるのである。

出典『楢山節考』新潮文庫 深澤七郎著


解説  小倉 玄照(成興寺住職) 加茂保育園園長・岡山県津山市

 正宗白鳥氏をして「人生永遠の書の一つとして心読した」と言わしめた名作。
 作者、深澤七郎(一九一四―八七)は、日劇ミュージックホールのギター奏者をしていたのですが、この一作で文壇に登場しました。文章に独特のリズム感があるのは、その影響でしょう。
 信州の山々の間にある村に住む六十九歳のおりんが主人公。亭主は二十年前に死んだがしっかり者です。
 この村では七十歳になると楢山参りをするのが慣習でした。神の住む楢山は七つの谷と三つの池を越えた遠いところにある山。雪の降りそうな時を選んで「しょこしょって」老人を奥地に運び放置してくるのです。厳しい食料事情のゆえにです。
 楢山参りが近いおりんと母を気づかう辰平とその後添えの出来のよい嫁の玉やん、さらに孫のけさ吉が連れ込んだ身重でオキャンな松やん。煙のせいの涙か、人生の哀しみの涙か。
 それにしてもこの頃は、ボタンをプッシュすれば、簡単に火や熱を得ることが出来ます。マッチもすれない子どもが沢山います。文明が発達すると煙が人間の周辺から消滅するようです。と同時に人生の哀歓も乏しくなってしまうのでしょう。