禅に惹かれた人々
人の心が癒される
仏教讃歌を歌い続けたい

声楽 曹洞宗仏教聖歌隊「マーヤの会」代表・三重県大蓮寺寺庭婦人 太田紀子さん


 みなさんは「仏教讃歌」を聴いたことがあるだろうか。仏教讃歌とは、仏教に関する素養のある作曲家、作詞家によって明治から昭和期にかけて盛んに作られた音楽のことである。
 「クリスマスになると流れる、ジングルベルやきよしこの夜。これらの有名な曲はキリスト教音楽です。でも、仏教讃歌はほとんど知られていません」。
 そう語るのは、日本で初めて、三重県にある曹洞宗寺院住職の奥様達(寺族)で構成された、曹洞宗仏教聖歌隊「マーヤの会」代表である太田紀子さん。
 大学時代に声楽を学んだ太田さんは、いくつもの顔をもつ。曹洞宗梅花流御詠歌1級詠範、公民館講座女声コーラス指導者、老人ホームや小学校で訪問コンサートを行うソプラノ歌手。そんな、音楽に囲まれた毎日を過ごす太田さんの心を揺さぶったのが、仏教讃歌なのだ。
 「私の夫(三重県度会郡大紀町崎・曹洞宗大蓮寺住職・太田秀穂)とその父親(先代住職・太田薫一)は駒澤大学児童教育部に所属しており、仏教讃歌にとても詳しく、寺には仏教讃歌の楽譜やテープがたくさんありました。聴いてみると、美しいメロディーや心にしみる歌詞で胸が一杯になり、涙で楽譜が読めなくなることが何度もありました。こんなに素晴らしい歌を、ひとりでも多くの方に知ってもらいたい。もっともっと広めたい」。
 そんな使命感すら感じ始めていた中、2005年に三重県の寺族会役員になった。「聞くところによると、浄土真宗の寺族は坊守と呼ばれ、檀家さんにお経を読むことができるそうです。でも、曹洞宗の場合は剃髪して僧侶にならなければお経は読めません。お嫁さんはいるのかいないのか分からない存在でした。家にこもっているだけでなく、みんなで力を合わせて出来ることがしたい。これからの時代、寺族の立場で何か布教活動出来ないだろうか?」
 そこで太田さんは、住職の奥様で構成した仏教聖歌隊を作ろうとメンバーを集めた。現在は8人で活動をしている。仏教讃歌は、ひとり、または斉唱で歌う曲がほとんどで楽譜の音域も低めだ。それら全てを、太田さんが女声コーラス用に編曲していった。
 寺の開山忌や檀信徒研修会、御詠歌の県大会、仏教文化講演会などから出演依頼を受けるなど、着実に活動の場を広げてきた。
 そんなある日、太田さんが自宅で仏教讃歌の中の一曲「みほとけは」の練習をしていると、それを聴いていた友人がシクシクと泣き出したのだ。話を聞くと、生まれたばかりのお孫さんを病気で亡くして納骨を終えたばかりだという。そして、こう語り始めた。「この曲を是非テープに録音してください。毎日聴いていたい。そして、もうじき孫の法事があるので、その時にも流したいのです」。
 太田さんの歌声が、悲しみに暮れていた友人の心を慰めたのだ。どんな言葉よりも、仏教讃歌が人間の心を癒したのである。この出来事が太田さんにCD発売を決意させた。「こんなに心を打つ歌を、もっともっと一般の人にも聴いてもらいたい。仏教讃歌を知ってもらいたい」。
 たくさんの人に聴いてもらうためには低価格に抑えたい。そこで、CD全てを自主制作した。今までは曹洞宗宗務庁から配られたCDのカラオケ版を利用して歌を歌っていたが、CDに入っていない曲は知り合いの作曲家に演奏を依頼。ジャケットは美術教師だった友人にお願いした。印字や印刷は自身のパソコンで行い、パッケージは団員全員で行った。正真正銘手作りのCD「みほとけは」が完成した。千枚作ったCDは一枚千円で発売。寺のネットワークや口コミなどで、一ヶ月でなんと九百枚売れたという。また、地元の新聞社やラジオ局にも取り上げられ、その反響はかなりのものだそうだ。
 「人気歌手の方が歌う音楽は心がワクワクしますが、何度も聴くと飽きてしまいます。でも、仏教讃歌は不思議と飽きがこないのです」。
 太田さんの歌声は、とても澄み切っていて優しく語りかけてくれる。歌には心と心とつなぐパワーを持っているのだと確信した。
 「この頃、私は仏教音楽を歌うために寺に嫁に来たのかな、仏様が導いてくれたのかなと思っています。残りの人生、声が尽き果てるまで仏教讃歌を歌い続けたいと思っています」。
 そう語る太田さんの顔は、輝いていた。まるで、釈迦の母親「マーヤ」のように。