『正法眼蔵』 道心の巻より(3)

長崎県天祐寺 須田道輝


人生の過ちを自覚する生き方

 よのすえには、まことある道心者おほかたなし、しかあれどもしばらく心を無常にかけて、よのはかなく、人のいのちのあやうきことをわすれざるべし、われはよのはかなきことをおもふとしらざるべし ―原文より―


 世の中が進歩拡大すればするほど、人間性はしだいに疎外されていくように思います。価値を視る目が、どうしても外へ外へと向けられ、内面にひそんでいる霊妙なはたらきに関心がなくなり、外側におどる豊かさや面白さに、どうしても心を奪われてしまいます。心の悩みでさえ外で起こっている賑やかさでまぎらわそうとする傾向があります。
 このような時代には、道心を語るものさえ少なくなります。しかし禅師は、いかなる時代にあっても、世の中は〈無常〉であるという道理を心にかけ、真実を見据える生き方をすすめています。
 人は順調に進んでいるときは、精神的に進歩していないものです。人生の眼が外側にのみに限られているからです。これとは逆に、人生につまずき、失敗を味わい、病気に悩むという〈負〉を体験したとき、心はより深く沈み、そのことによって、目に見えないものの力を感じるのです。そこで初めて人生の内面への関心――宗教心が生まれるものです。
 宗教心とは、この無常の世界にあって、永遠なるものを求める心ではないでしょうか。その久遠なるものが真理にほかなりません。
 仏陀釈尊が、もし幼にして母親マヤを失っていなかったならば、出家されたかどうか。また道元さまが、両親の恵みを成人にいたるまで受けつづけておられたら、はたして出家されたかどうか。と思いめぐらしてみると、人はかけがえのないものを失った時、そこに芽生える心の支えが宗教心というものではないでしょうか。
「よのはかなく、人のいのちのあやうきことをわすれざるべし」と述べられたのは、幼き禅師の心にふれた亡き両親に対する悲しい思いが込められているように思います。
 抜隊禅師は、二歳のとき父親が亡くなり、その三回忌のとき、法要が終わって一息ついている檀那寺の和尚さんに向かって「父上は死んでここにはいないのに、どうしてご馳走を供えるの」と質問しました。

五十にして四十九年の非を知る

 和尚は、「姿はないが魂というものがあって、そなたの父親は今のお経の力で、ここにきてござって、ご馳走の供養をうけたのじゃ」と言うと、「その有り難いお経の力で、父上の魂にあわせてください」と、真剣に問いかけるので、和尚は困ってしまいました。
 その後、母親と一緒に寺参りをかさねるうち、霊魂のこと、死後のことに疑念がおこり、食ものどを通らないほど深刻に悩み、諸方の僧を訪ね、所見を述べても一向に満足する答えが返ってきませんでした。そこで自ら解決をしなくてはならぬと思いたち、三十歳で出家したといいます。
 私を含め、世の中はいつなんどきなにが起こるかわからないと覚悟して生きているようで、つい日常生活の忙しさにかまけて、とかく忘れがちです。昨日につづく今日であり、明日につづく今日だと思いこんで暮らしています。
 これを永祖(道元禅師)は「よのはかなきことをおもふとしらざるべし」と示し、無自覚に生きている私どもに反省をうながすお言葉です。
 人は初めから立派ではありません。さまざまな過ちや失敗をくりかえし、その失敗を教訓として成長するものです。『論語』に「五十にして四十九年の非を知る」という伯玉の言葉があります。人生には過ちが多く後悔だらけであるが、気がついたら何歳であろうと改め、より向上に努めるべきだと述べています。
 とかく世の中では、すぐれた時の人物について過去の過ちを云々しますが、愚かなことです。その人物の現在の自覚的生き方こそ、すべてなのです。