柳緑花紅
こころの鉦(かね)を鳴らす
長徳寺住職 酒井大岳
著書に、『あったかい仏教』大法輪閣)、『わたしはふしぎでならない』(鴻盟社)、『りんりんと生きる』(家の光協会)など多数。
盛岡市の「洞門会」は「仏教講演会」を毎年開催する。今年は六十回目で還暦を迎えた。継続の力に敬意を表したい。
講話のなかに「おむすび」の話を入れ次の詩を紹介した。
おむすび 高2・牧野菜菜子
風邪をひいて
扁桃腺がはれてしまった
北軽の母へ電話をした
「お母さん風邪ひいちゃったよ」
つぎの日友だちが
母に頼まれたといって
風邪薬にうがい薬
体温計――
それとおむすびを持ってきてくれた
母のつくってくれるおむすびは大きいので
はずかしいから小さくしてくれと
いつもいっているのに
またまた大きなおむすびを――
つめたくてあったかいおむすび
いきなりかじりついたら
中から漬けものがごちゃごちゃ出てきた
(注)北軽……北軽井沢
読んだあとで次のことを話した。
「あるお母さんがたの集まりで、この詩をあつかったんですよ。二人のお母さんから質問がありました。一人は「つめたくてあったかいという言いかたはおかしい」と。もう一人は「漬けものがごちゃごちゃ出てきた、とあるけれど、どんな漬けものかをはっきり言うべきではないか」と。これにはまいりました」
会場はさわやかな笑いに満ちた。
「つめたくてあったかい」というのがいい。「ごちゃごちゃ」はもっといい。今のお母さんがたには、あいまいで大ざっぱな表現のよさ、あたたかさは、分からなくなってきているのだろうか。「ごちゃごちゃのままだと、うちの子はいい大学に入れない」とでも思っているとしたら、これは大変な問題だ。
盛岡の翌日、隣の滝沢村へ行った。Iさんは昨日に続いてのご聴講だ。両眼をめしいていて下を向いて話を聞かれ、ときどき深くうなずかれる。講話のあと、Iさんのところへ行って両手を取ってゆさぶると、Iさんはこう言われた。
「きのうのおむすびのお話、よかったです。あったかい心が最高です」と。
今、自分にとって何が大事か、流されていやしないか――ときどきこころの鉦を鳴らしたい。仏教では「醒めよ」と教える。
歌人・若山牧水は、こころの鉦を鳴らす旅人であった。澄みわたる秋の山河に背すじを正し、今日という日の新しい自分に、こう呼びかけては歩いて行った。
けふもまたこころの鉦をうち鳴し
うち鳴しつつあくがれてゆく