仏教文化研究の課題
――仏教文化の民族宗教性について――(5)

  駒澤大学名誉教授・文学博士 佐々木 宏幹

一 仏力とは何か

 仏教僧侶はなぜ人びとから尊敬(崇)され合掌されるのか(現代では尊敬されない僧侶が増えているとの情報もある)、また僧侶はどうして人びとの布施や供養の対象になるのか。
 この問題について主に仏教人類学的な方法と資料によって考察し、僧侶が一般に尊敬され布施・供養されるのは、彼らが「仏力」、「法力」、「行力」、「定力」、「信力」などと呼ばれてきた宗教(仏教)的な「力」を身に付け具えていると人びと(檀徒や信徒、一般人)が認め感じているからであろうとした。そして昨今、世間がしきりに「〜力」の文字を用いているのに、「仏力」や「法力」の語が目立たないのは、あるいは僧侶の資質や役割の低下ということと関係しているのではないかと仮説した(前号参照)。
 ところで国語辞典では「仏力」は「仏の持つ不思議な威力または功力」であると記し、さらに「威力」とは「他を圧倒して服従させる強い力」であり、「功力」(くりき)とは「功徳の力。修行によって得た力」であるとすることが多い。
 肝心のところをまとめると、「仏力」は「仏が修行によって得た不思議な力」となるであろう。「仏力」の概念(定義)は仏教学者により差異があるであろうが、少なくとも一般のひとびとにとっては、「仏が修行によって得た不思議な力=仏力」の表現は飲みこみやすいのではあるまいか。
 この表現を敷衍すると次のようになろう。
 人々が仏を拝み念じるのは、仏が不思議(超常的・非合理的)な力を有すると思いかつ信じるからであり、その力は仏(釈尊)が修行によって得たものである。
 そして、多くの日本人にとって仏は神と重ねて感覚されることが多い(「神仏の力」とか「神仏のお陰」などの表現)。
 この場合「神仏」は不思議な力の対象であることは言うをまつまい。
 このように述べると、神も仏も「力」の対象ならば仏教と他の宗教との区別がつかなくなるのではないかという疑問が出されるに違いない。
 この疑問には以下のように答えることができよう。仏教の教理学や神道の教義論からすれば、たとえば仏教は「神を立てない宗教
であるとして、八百万神を奉ずる神道とは概念上区別されるであろう。ただしこの区別は教理や教義にこだわる学者・知識人のそれであり、一般生活者のものではない。
 一般の人びとにとっては「神」も「仏」も等しく「力」を具えているからこそ信仰や礼拝の対象になるのである。
 もしもこの見方が間違いであるとすれば、正月の初詣でに日本人の約八〇%が明治神宮(神)や浅草観音(仏)をはじめ数々の「神仏」に祈り願うという行動や、家の中に神棚と仏壇を祀るという営みについて説明がつかなくなってしまうではないか。
 そうであるならば、多くの人びとの仏教的ニーズの対象は、「修行によって悟りを得た仏」であるよりも、「修行によって仏力を得た仏」であるということになろう
 分類上「仏」に関わる人びとは「悟りを得た仏」を尊崇するグループと「仏力を得た仏」を信奉するグループとに二分化されているのが仏教集団の現実である。前者はエリート、後者はマス(民衆)であることは言うまでもない。
 ところがこのようにエリートの仏とマスの仏とに明確に区分してしまうと、生活仏教(人びとの生活のなかに生きている仏教)の真相が見えなくなってしまう(拙著『仏力―生活仏教のダイナミズム―』春秋社、二〇〇四参照)。
 仏教が機能する現場では、宗派によって若干の差異はあるにせよ、「悟り」(理念)は「仏力」(現実)によって蔽われてしまうことが多いからである。
 僧侶が主催する主な儀礼である葬祭と祈祷で重要な要素は、ことに参加する人びとにとっては、僧侶の唱える「経文の力」、「引導の力」、「回向(文)の力」、「(経)転読の力」、「袈裟の力」そして「説法の力」等々ではないか。
 儀礼においては「仏の悟り」が「仏の力」に見事に転じている事実により注目すべきであろう。この事実は僧侶の存在意義(僧侶が尊敬され布施の対象になる根拠)に深く関わっていると考えられるが、従来あまり採り上げられないテーマであった。
 そしてこのテーマを追究していくと、「仏力」の「力」は仏教のみならず、およそ宗教の発生・成立の根拠に深く根ざしている点に触れざるをえなくなる。


二 宗教と力

 周知のように、宗教文化の起源と進化について、金字塔的な業績を残したJ・G・フレーザーは、その主著『金枝篇』(一九二六〜三六)(1)(訳本、岩波文庫、初版一九五一)において宗教における「力」について博引旁証している。
 彼によれば「宗教とは自然の運行と人間の生命の動きに命令し、それを支配すると信じられる超人間的な諸々の力に対する宥和または慰撫にほかならない」(傍線筆者)。
 この宗教の定義を少し検討してみると、(1)「宗教とは〜と信じられる」と(2)「超人間的な諸々の力」および(3)「~に対する〜他ならない」の三部分から成っている。(1)は(2)(「力」)の性格と役割を、(3)は(2)に対する人びとの宗教的行為をそれぞれ意味している。(1)は一神教の神の性格と役割を彷彿とさせるが、(2)は「諸々の力」であるから一神教を指しているとは言い難い。(3)は原始宗教論においてよく使用される、霊や諸神への人びとの行為を表現する用語である。
 したがってこの定義には「普遍宗教」や「民族、部族宗教」、「原始宗教」などとラベルされてきた諸宗教形態の特質・性格・役割(機能)が巧みに包含されている観がある。
 およそ「定義」には誰のものであれ「寄せ集め」の性格が付随すると見られるので、ここではこれ以上の詮索を省く。
 この定義で注目したいのは「超人間的な諸々の力」である。この超人間的な、「力」は「神」、「仏」、「霊」、「超自然的な存在」などと表記されることが多い。どうしてか。全知全能の一神教の神はしばらく措いて、多神教社会の神や神霊は「強い神」とか「ご利益のある神とない神」のように神々が格付けされて受けとられることが少なくない。これは神が具有する「力」が人びとにとって宗教なるものの核心であることをよく示しているのではないか。
 パンテオン(pantheon)という用語がある。「神々の序列」である。最強の神が頂点を占め、以下二位、三位のように神々が位置づけられ、全体が三角形で図示されるのが一般的である。仏・菩薩・明王・諸天の序列もまた例外ではない。このことは「神」が「力」の表現であることを物語っている。つまり神の本質は「力」であるということになる。
 ついでながらこの力を宗教の起源として論じたのが英国の宗教人類学者R・R・マレットである。彼はポリネシアやメラネシアの先住民の言葉である「マナ」(mana)を宗教的観念・感覚の核心と捉えようとした。マナは霊的な力(spiritual power or energy)であり、自然現象や場所や人物に示現するとした(『宗教の発端』一九〇〇)。
 フレーザーの「超人間的な諸々の力」という概念がマナの観念と重なっていることは言うまでもない。
 ここまで「宗教と力」について概観してきたが、宗教的な力に深く関わるプロフェッショナルが宗教者である。宗教者は普遍宗教と民族、部族宗教とを問わずその特質を探り求めてゆくと「力」に突き当たる。
 フレーザーは一九世紀フランスのカトリックを信奉する農民たちが司祭(神父)たちにいかに「超常的な力」を求めていたかを事例によって述べている。「プロヴァンスの村々では、いまなお司祭たちが暴風雨を避ける力をもっていると信じられている。しかし全ての司祭がこのような信任を得ているとは限らない。ある村では、司祭の更迭が行われる場合、教区民は新任の司祭がいわゆる「力」(pouder)をもっているかどうかを知りたがる。そして暴風雨の前ぶれが現れると、巻き起こる黒雲を祓い清めるため、彼を招いてその力の有無を試験する。その結果が教区民の期待どおりに現れたなら、この新任の牧者はその集団の共感と信任を受けることになるのである」(フレーザー、前掲書)。
 この引用文を読まれた人は、わずか百数十年前のフランスのカトリック司祭が、かくも迷信的で呪術的な役割を果たしていたとは、と驚きの思いを深くするに違いない。これは極端な事例かと言えば決してそうではない。 
 カトリック司祭が暴風雨を避けうる力を具えていたか否かは別として、今日でもカトリック社会においては、教区の信者たちが人生の危難に直面した際にもっとも信頼するのは司祭であり、司祭もまた人びとのニーズに応えてさまざまな場面で「力」を発揮していることはよく知られている。そして力の発揮の現場では、合理的な説明のつかない諸種の儀礼的対応が行われることがしばしばある(病気を癒す「奇蹟の水」など)。
 着目したいのは、一方にはカトリック神学大学や研究所を中心として築きあげられた高度に知的な神学体系があり、他方には教区民が求める超常的な力に対応している教会があり司祭がいるという事実である。前者はエリートのカトリック、そして後者は民衆のカトリックである。二つのカトリックのいずれが欠けても世界のカトリックは成り立つまい。何にしろ宗教の「力」は宗教の発生とともに成り、歴史を貫いて今日に至っているのだから。

三 修行と力

 ひとくちに「宗教の力」というが、この力は普通・一般の人とは異なる時空に身を置いて、伝承されきたった生活の型(修行)を続けている間に身に付いた宗教的特質を意味する。いわゆる聖性であり、聖なるものは俗(普通・一般の生活)から「分離され、禁忌された状態」をいう(E・デュルケーム『宗教生活の原初形態』訳本、岩波書店、一九七五)。僧侶が「聖職者」とも呼ばれるのは聖を生きるからである。
 この「聖」が俗にある一般の人びとには「力」として受けとられる理由についてはすでに述べた。
 修行とは何か。専門家の晦渋な修行(修道)論は横に置いて、一般生活者の視線を借りて見るとどうか。東北のある寺院の檀家総代は、本山僧堂で約三年修行し送行した青年僧についてこう述べた。「うちの寺の若おっさんは立派になって戻ってござった。大学生の頃はもうひとつパッとしない男だと思っていたが、二、三年お山さ行って修行したら、まるっきり人が変わった。すっかり和尚さんらしくなったし、貫禄がついた。お経を上げる声は師匠さんよりよいし、話もうまい。まずはこれでお寺も安泰だね。」
 少し解説すると、檀家総代は現住職の後継者になる若者が二、三年本山僧堂で修行してきたら人間改造がなされて僧侶らしくなって帰ってきたことに目を見張り、その「和尚さんらしさ」を評価し、後継者ができて「寺も安泰」だと受けとめているということだ。
 後継者不足が心配されている現今のお寺事情のなかにあって、この総代の述懐の意味は重い。
 それにしても「和尚さんらしさ」の中味が「貫禄」と「読経の声のよさ」と「話のうまさ」であることは、興味深い。一般化はできないが、総代の和尚観には、現代の一般の人びとの「僧侶イメージ」が表われていると考えることは可能であろう。
 そうであるとすれば、人びとにとって「僧侶は葬式・法事において堂々(貫禄)と読経し、説教がうまい人」ということになろうか。
 換言すれば、「葬式・法事で亡き人を安泰ならしめ、同時に生者を安心させる「力」を具えた人」ということになろうか。
 このように記すと「修行はそんな甘ったるいものではない」との声が聞こえてきそうだが、この声は、日本の仏教文化において「仏力」とは何かを改めて深める必要性を示唆しているものと捉えたい。
 人びとから深く尊敬され、布施や供養を受けている僧侶(比丘)となれば、タイ国の僧侶は、すでに述べたように日本の比ではない。とくにタイ国の山林の奥地で修行に励む遊行僧は「力」ある人として大いに尊敬されるという。
 人類学者のカマラ・ティヤヴァニッチは二十世紀半ばにおけるタイ国の遊行僧の実態を調査・報告しているが、そこには遊行僧の生活が死と隣り合わせになっていることが生なましく綴られている。遊行僧は坐禅・瞑想を中心としながら村々を托鉢し、夜は樹下や洞窟内に蚊帳を吊って休むという生活をしている。彼らが遊行する森には虎・象・コブラなどがいて、実際に出会うことも少なくない。
 ある遊行僧は森のなかで眠りに入ろうとしていた。そのとき、「その動物はゆっくり近づいてきた。私はその息を聞いた。その瞬間、心が私に告げた。“虎がきた”と。それが本当に虎であると知ったとき、私は死を覚悟せざるをえなかった。そのとき心が恐れるな、たとい虎がお前を殺さずとも、いずれ死ぬ身だと告げた。私は虎の餌食になると思った。もし虎と自分が業で結ばれているなら、自分は殺される。もしそうでなければ、虎は私を害すまい。このことを心に思いながら私は三宝を唱えた。すると恐れはなくなった。虎は六メートル離れた処で足を止め、息だけが聞こえた。私は横たわったまま耳をすませた。虎は“俺の通り道で寝ているのは誰だ”と問うていたのかもしれない。それから虎の足音はだんだん弱くなり、森は静かになった。」
 この遊行僧の師匠はこう説いた。「三昧は心の力の集中であり、この力が煩悩を断滅させるのだ」と(カマラ・ティヤヴァニッチ『森の回想 ―二十世紀タイ国における遊行僧―』ハワイ大学出版会、一九九七)。
 タイ仏教徒が僧侶を尊敬し布施するはずである。
 ちなみに道元禅師は「大宋の人多く得道すること、みな坐禅のちから(力)なり」(『正法眼蔵随聞記』)と示されている。