東日本大震災における一仏教者の役割

宮城県・洞源院住職　小野﨑秀通

未曾有の大災害

　私の住む石巻市は岩手県盛岡市北端を水源とする北上川河口の町で、太古の昔より、上流からの土砂沖積によって出来た海岸平野と言えます。ですから山根の近くを水沼、沼津、根岸などと呼ばれるところも多いように、海岸から山根付近までほとんど同じ高さの平地が続くところです。
　自坊の近くの町を渡波（わたのは）と呼ばれていますが、一千年以上前までは、根岸と呼ばれている近くまで、波が渡っていたことに由来し、縄文遺跡の存在によっても証明されています。
　今知られている中では、貞観年間の津波が三陸海岸では最大とされていますが、根岸は海岸から二キロ以上も離れていても、当時津波は入ったことでしょう。それでもその時代は渡波地区に数十戸もない時代のことです。その渡波地区は現在六千戸数以上の世帯が暮らし、その昔は塩田と漁業で賑わった平和な町でした。それがこの地だけで、一瞬にして千名以上の人が亡くなり、六千戸数の半分以上が流失、全半壊して瓦礫と化してしまいました。
　これまでも、江戸、明治の三陸津波をご先祖は経験していますが、これほど多くの犠牲、被害を出す事はありませんでした。五一年前のチリ津波も大きな被害はありましたが、当地では死者を出すことはありませんでした。東日本大震災はまさに未曾有の大震災です。

弱い存在だと知れ

　私達のご先祖は、自然のもたらす災害に恐怖を感じ、その自然の働きに対して畏敬の念を持って、神として祀り崇めて来ました。それが山の神であり、田の神であり、島の神でありました。日本の祭りは、そうした神々に対して、豊穣を願い、恐ろしい働きとならないよう神を迎え、夜祭り等神様に山海の珍味を捧げ、手厚いもてなしを持って、神様を祝福する儀礼が祭りの本義だと聞きました。してみれば、自然の働きの怖さを私たちのご先祖は知り、謙虚な気持ちで調和を図ろうとして来たのだろうと思われます。
　パスカルでしたか、「人間は弱い存在だという事を知っている」と言っていますが、弱い存在だからこそ、謙虚になり、冷静に智慧を働かせ、道具を作り、信仰を持ち、文化を発展させてきたのだと思います。しかるに、我々人間は、自然の一員であり、弱い存在でありながら、いつの間にか過信をし、傲慢となり忘れていたのではないかということを、自然の猛威の鉄槌で反省させられたように思えてなりません。

一仏教者として何が出来るか

　被災前の洞源院での活動の一端を振返りますと、二七年間の青少年の日曜学校の活動があります。隔週でしたが多い時には五〇名前後の子ども達がつどい、夏休みは一泊或いは二泊と合宿をすると百名に近い生徒が参加し、数名の指導者と親御さんも手伝って、食事を作っての多彩な活動でありました。
　更には中堅層のミニボランティア「ちえぶくろの会」では十九年間「寺子屋寄席」を開催し、「落語テラ」と呼ばれるほどになっていました。そんなことから、ＮＨＫの鶴瓶の家族に乾杯が関心を持ち、取材放送され昨年に続いて、被災地訪問で、再会編がこの五月にあり、全国の皆さんの知る所となり、多くの激励をいただきました。他に「仏の教えを聞く会」、トーク・コンサートなど寺の法要、葬儀も大切な教化の場ですが、檀家に限らず地域の人々も寺が憩いの場であったり、楽しめる笑いの場であったり、誰もが集える場となるよう努めて来ました。こうした活動をする寺なるが故に、居心地の良い避難所となったのではないかと思われます。
　それでも無秩序では乱れますから、皆が仲良く暮らすために、禅寺の清規をまね、共同生活の８ケ条をつくりました。避難者は朝の勤行に合わせ、共に唱えるようになりました。三ヶ月目の六月十一日の命日には、二市一町の殉難者の多くが出た所に行き、追悼慰霊巡礼をしようと声掛け合うと七〇名余りが参加することになりました。バスを手配し、早朝より巡り、はじめは高台の神社前から読経しました。すると読経中雨となり、次に移動するときは晴れ、また読経しはじめると降りだす。最後の高台の病院前で読経を始めた時も涙雨のような大粒の雨が降り、終わると晴れるという状態で、最後の洞源院での読経をする時は雲一つない晴天となって、参加者一同の心も晴れ晴れとした心持ちになったのでした。誠に感応道交の不思議な体験です。この後も六月十八日は百ケ日忌となり、追悼供養を避難者、遺族等と共に勤めると四百名に近い人々が集まり、悲しみを分ち合いました。さらに三日後、県内の有志宗侶の追悼法要と歌手のエポ、みなみ・こうせつによる慰霊コンサートが行われています。ちょうど開演時間の寸前に親子三人の遺骨が火葬され、寺に迎え、一緒に聴いてもらおうと須彌壇上に安置しました。そんな中で、こうせつさんはヒット曲「神田川」を歌っていると突然、息が詰まり歌えなくなりました。親子三人の遺骨に向き直し、改めて大きく深呼吸し、息を整えて歌い直しております。あとで聞きますと「親子三人の霊の視線を感じ、語りかけてくれているようだった。」と霊感を強く感じた様子を語ってくれました。こうして慰霊法要、慰霊コンサートなど慰霊のつどいが各地で沢山開かれました。死者との悲しみを、また楽しみを共有することで、魂の救済がなされるのかと改めて実感しています。

「洞源院叢林舎」の設立

　洞源院の避難者は多い時には四百名近くとなりましたが、およそ五ヵ月となる八月七日に解散式をしました。これまで大きな事故やトラブルもなく生活が出来た事が幸いです。洞源院での避難生活をより良くしようと避難者自らも努力し、協力してくれました。この絆を大切にして行かなければなりません。避難者の多くは全てを失い、仮設住宅に入居できるようになっても、生活の糧を得る事が出来なければ、自立することも難しいのです。必死の思いで避難してきた人々の生活の絆を疎遠にならぬよう、今まで以上に助け合いできる組織を作らねば、として「洞源院叢林舎」と名付け、個々に支援協力できる受け皿を発足することになりました。太い、細い、雑多な木々の林が叢林である様に、避難して洞源院に集まった様々な人々が協力して、自己の向上に努めて行く力となるようにと願い設立されました。仏教者の立場からすれば、これが仏国土の建立となるようにと欣求するところです。
　被災者が一日も早く自立できますよう、皆様のご支援をお願い致します。

「洞源院叢林舎」
〒９８６・２１３５宮城県石巻市渡波字仁田山２洞源院内
電話０２２５・２４・１３８９
郵便口座　０２２２０・５・１６６　洞源院