多々良問題を生んだ「宗門」依存の体質
宗教ジャーナリスト 生野 武人
多々良学園の財政破綻の原因が自己資金の準備や借入金の返済計画のない無計画かつ無責任な事業遂行にあったことは、宗務庁や学園が依頼した外部の監査法人などによって厳しく指摘されている。経営責任を負うべき理事会という組織がありながら、総事業費八十五億円もの巨大な移転計画が、なぜこれほど無軌道な形で進められたのか。
移転計画が浮上してから今日まで、正しくは今年二月の第九十五回通常宗議会で移転事業費をめぐる質問が総和会議員によってぶつけられるまで、その実態は覆い隠されたまま経営破綻に向かって地滑りを続けていた。議会裏では質問に対し有道会が「発言の全文削除」を求めて強い圧力をかけていたことも明らかになっている。
東京グランドホテルが経営破綻に陥ったのと構造的に似たものがある。第一に責任体制の欠如であり、第二に宗門への依存体質。そして宗政家による介入である。多々良学園の破綻が東京グランドホテルの場合と大きく異なるのは、経営実態に対するチェック機能が働かず、生命の危機に直面するまで病状が告知されずに推移してきたことであろう。
それには理由がある。ホテル問題は当初から全宗門的な問題であったが、多々良問題は会派レベルで考えられてきた側面があり、また、よりローカルな問題と見られがちだった。
危機感が全くなかったわけではない。報じられたところによると、多々良学園の教職員組合は、平成十五年に二度にわたり、独自に第三者に依頼した「移転問題についての鑑定意見書」を理事会に提出し、移転計画に危惧の念を表明するとともに、理事会に説明責任を果たすよう求めていた。そこに指摘された事実は、独立した教育機関である学校法人の驚くべき宗門依存体質であり、そのことは、この問題がそもそもどういう性質のものなのかを如実に示すものといってよい。
「意見書」は、平成十三年一月の職員会議で、当時の校長が「土地取得・造成費は全額宗門補助」と発言し、同年二月の宗議会で宗門からの九億円助成が可決した後、さらに「オーナーは宗務庁、財政的に面倒を見る」と発言していることを明らかにした。実際、経営破綻が明らかになった後、宗務総長経験者を集めての懇談会が開かれた席上、多々良の借金返済に宗門資金を流用すればいいと発言する者がいたことが漏れ伝わっている。最後は「宗門」に尻ぬぐいをしてもらおうという悪しき体質があることを物語る。
「宗門」とは何だろうか。一ヵ寺の運営は寺檀一体のもとに成り立つ。責任は住職と責任役員が負わねばならない。本山もまた貫首、監院が最高責任を負うべき立場にある。では「宗門」は? 全国寺院をひとまとめにして成立する近代的な組織教団である包括宗教法人曹洞宗は、宗議会によって決定された方針に基づき、宗務庁によって運営される。だが「宗門」にはもう一つ別の仕組みがあることを忘れてはいけない。
これまでも「宗政会派」という宗政団体を「宗門の諸悪の根源」と指摘する声はくり返されてきた。そこでは会計報告のないお金が動き、表立って議論されないところで人事が決まり、やがて力を得た者がついには本山をも含めた「宗門」という巨大な組織を動かす権力を握る。
世俗社会は法律の規制のもとに動いている。脱世間の僧伽には規矩(清規)がある。宗教法人という組織も宗教法人法という法によって護られ、規定されている。では、規制する規則も罰則もない「宗政会派」を牛耳る者は誰なのか。一握りの宗政家によって「宗門」が動かされ、社会的問題に波及する事態が起きたとき、「宗門」は一体どう対処したらいいのだろうか――。多々良問題は、そうした問題を考えさせる氷山の一角と言えるかもしれない。