◇座談会◇

葬式仏教の意義(上)

 だれのために葬儀をするのか、死後の世界はあるのか、
 霊魂は不滅か、葬式仏教でなぜ悪い?

――ヴェテラン僧侶が熱く語る

出席者(五十音順)
 大谷俊定 (京都府・苗秀寺住職)
 長井龍道 (山梨県・龍華院住職)
 中村瑞峰 (埼玉県・曹源寺住職)
 正木 晃 (慶應義塾大学講師)
 松山宏佑 (宮城県・昌林寺住職)

司会
 佐々木宏幹 (駒澤大学名誉教授)

●葬送の問題点

【佐々木】 今日のお話は葬式という、今の仏教にとって、とても大事な営みを論じながら、そこにどんな問題があるかについて行きつ戻りつしながら、話を深めていければと思っております。お集りいただきましたのは、正木先生と私は別でありますが、あとはみなさん現場で活躍なさって、お寺に行住坐臥、活動している方々です。
 まず、葬式ということになると、生きている者の死んでしまった者に対する対応の仕方だろうと思うんですね。どう対応したらいいのか。そうすると、生きている者と死んでいる者と二つに分けたように、この世にいる者とあの世にいる者、それから息をしている者と、息をしなくなった者、あしたも多分そのままの五体でいる者と、もう腐敗化が始まっていく者、さらに言うならば、多分明日もこのままでいられる自分と、遺骨になってどこかに祀られている者、あるいはお墓の中に住むことになる者、さらにそれに教義が入りますと、浄土であるとか、仏国土とか、仏界とか、あの世とか、黄泉の国だとかということのラベルを貼る。それによって、生きている者が死んでしまった者を理解し、納得する。それ以上ないような悲劇的なことを前にして、それに何らかのつじつまを合わせて、まとめようとする仕事が宗教という――私に言わせれば宗教は文化の一つでありますが、その文化の大きな役割と思う。お葬式をしない宗教はないんですね。しかも大乗仏教の中の日本仏教というものを見ますと、奈良、平安の仏教、これは公家や皇室、国家の安泰を祈った宗教でありますが、十三世紀以降の仏教の大衆化とともに主にやったことは何であったかというと、お坊さんに葬式を頼むということであり、お坊さんが死者を祀るという仕事を一手に引き受けてきた、こういう事実だろうと思うんです。
 そこで日々そうした葬式に関わっておられるみなさまに、あらためて問題点を指摘していただきたい、それぞれに日頃お考えのことをご存分にお話しいただきたいと思います。では、仙台からいらした松山老師、いかがでしょうか。

【松山】 私のところは東日本大震災で全壊になってしまって、今でも復旧の途上、来週の半ばには復旧工事の契約などということが控えています。ふだんも物を考える方ではないのに、そんなことも重なって大変ですが、それでも座談会に出る以上、何か言わないといけないというので、新幹線でちょっと考えてきました。(笑)
 私の場合は お寺の本堂での通夜・葬儀をつよく檀家さんにお勧めしています。それは会館葬というのが全国的に多いと思うんですね、多額の喜捨をしたにもかかわらず、実際のお葬儀は、ほとんどお寺で行われることがない。檀家さんからすれば、お金の無駄遣いですし、お寺側からみれば、葬儀をしないのなら本堂は要らないんじゃないか。仙台辺りでもよく聞くのは、本堂の扉を閉めている寺院が多いという、つまり物騒だからというんです。だから、檀家さんも本堂にお参りするというのはほとんどない。
 そういう中で、私のところのように零細寺院なるがゆえに、会館を持たず、お檀家さんも少ないということを逆手にとって、お寺での通夜・葬儀を勧めている。たまたまですが、菩提寺を利用した冠婚葬祭ということで、葬儀社が立ち上がってくれました、零細葬儀社が。(笑)もう一つ、ここにおられる長井老師がお書きになった「曹洞宗 葬送のしおり」を葬儀のときにお配りしております。また宗務庁で発行している「逮夜法」という経本がありますね、あれは授戒の部分が全部載っていますので、葬儀のときには、あの経本を配って戒文も見てもらいながら、葬儀を進めるというやり方をしております。それから、新聞に載せる訃報広告です。ふつう葬儀の日時を書きますが、うちは授戒葬儀告別式として訃報広告をする。
 曹洞宗総合研究センター編の『葬祭』をみますと、粟谷良道先生が「民俗より宗旨へ」という題で「仏教の存在意義、曹洞宗の存在意義を主張するためにも、自らの宗教的立場、仏教的立場、宗門的立場に基づく新たな葬祭論を展開する必要が」あると書いておられます。その曹洞宗のお葬儀ですが、いわゆる没後作僧ということが一般の檀家さんに、どれぐらい認知されているのか、信仰はなくても知識として持ち合わせている人がどのぐらいいるのか、これは非常に疑問なんですね。というのは、没後作僧ということを私などもしきりに言うんですが、多くの場合、曹洞宗の葬儀に出たことがあるが、こういうことをやっているお寺は初めてだと言われる。逆にいうと、厳しい言い方になりますが、多くのお坊さん方が努力をしていないと思う。
 葬儀というのは、佐々木先生の説に反論するようで恐縮なんですが、葬祭を文化としてとらえるべきなのか、曹洞宗としての教義というか、論理的に説明していくべきか、どちらなのかというのが私の今、疑問とするところです。というのは戦後も半世紀以上たって、社会の大変革が起きている。社会構造が変わる、社会文化が変わる、当然のごとく葬祭文化も変わっていくはずです。農村型社会から都市型社会への変換、となれば多分葬祭というものも、農村型葬祭から都市型葬祭への変換というのが、私は一つの問題点になるだろうと思っています。急激な少子化の問題もあり、これから十年、二十年後の葬祭文化はどう変わっていくのか。その勉強のため今日は来させていただきました。以上です。

■葬儀の本質とは

【長井】 葬式は葬儀と告別式と大きく分けると、この二つに分けられると思います。葬儀のほうは基本的には宗教的儀礼、告別式のほうは、慰霊とか弔意とか社交的儀礼によるものです。今回は葬儀の本質ということですので、宗教的儀礼という観点から考えますね。
 現代的世相との結びつきで葬儀の意味を考えると、問題点としては直葬とか家族葬、お別れ会になっている、極端な場合には葬儀不要論、戒名不要論ということが言われたりしています。その戒名にしても、お坊さんからもらうんじゃなくて、生前に自分の好きな、いわゆるペンネームを作っておこうなんという例もあります。平たくいうと、葬儀離れが起きている。その原因としては、僧侶側の混乱、それから宗教的意義に関する認識の希薄化、これがこういう葬儀離れの現代世相の元になっているのではないか。
 では、どこに問題があるのかと考えると、結局、葬儀の主たる対象は誰かということに帰すると思う。死者の人格ということを考えるのか、あるいは生きている者、遺族や親戚、知人等々、生き残っている者たちのほうが葬儀の対象なのかという問題です。いま『葬祭』のお話がでましたが、この本では、佐々木先生がやはり司会として、研究センターの研究員たちの意見をいろいろ聞いておられる。佐々木先生は基本的に、死者の人格を認めなければ意味がないという立場ですね。
 ただ曹洞宗の場合には、道元禅師が「心常相滅」を厳しく批判し、いわゆる霊魂を否定した、それとの問題がどうなんだということを佐々木先生は提案しておられました。これに対する曹洞宗総合研究センターのほとんどの研究員が、基本的には死後の人格を認めない立場です。今の宗門学者の主流は死後の人格ということを軽んずる、あるいは認めない方向で考えています。生者の方に重きを置く、生き残った人たちの心の中に追慕する、というのが、どっちかと言ったら曹洞宗の主流というか、指導者の認識の主流ですね。そこに実は問題があって、死者を相手にしない方向に葬儀を考えているわけですから、従って、宗教的儀礼の方はどうしても薄くなってしまう。
 葬儀を考えるときに、道元禅師は死後をはっきり説いておられます。「脱野狐身」の話、「断見の外道」への批判、「順次生受業」「順後次受業」について、あるいは「刹那生滅」と「流転生死」の言説等々、死後について言及されている。ですから「心常相滅」で否定された霊魂と、死後の人格としての霊魂とは意味が違います。そこを区別しなければいけないですね。
 水野弘元博士は「仏教は霊魂を説くのか否定するのかということがある。外教が説くような常住の実態としての霊魂は仏教ではこれを説かないが、人格の主体として業を保持している霊魂は三世を通じて存在するものとして、これを認めている。それは不生不滅ではなく、輪廻の主体として、業や経験に従って常に変化しつつ連続する有為法である。唯識法相の学説で阿頼耶識といわれるものもこれに他ならない」(『仏教要語の基礎知識』春秋社)こう書いておられます。
 そういうことでございまして、結局大きな問題としては、葬儀に対する現代世相をふまえた上で意味のある葬儀をすべきだと考えるときに、あらためて死後はあるんだよということを説かなければいかん。それが今、曹洞宗はなされていないということです。

● 霊魂不滅、死後の世界はある

【佐々木】 霊魂のお話がでましたが、最近『いま知っておきたい霊魂のこと』をお出しになった正木先生、いかがでしょう。

【正木】 この霊魂の本は三月に出版しました。こういうたぐいの本が、それもNHK出版から出されるという事態は、少し前まではとても考えられませんでした。東日本大震災が非常に大きな契機だと思いますが、時代が随分変わってきたということでしょうか。仏教学という学問的な前提をとりあえずいったんはずして、葬儀あるいは先祖供養の話を詰めていくと、最終的には霊魂の問題、魂の問題をどう扱うかということになってこざるをえない。そのあたりを、できるだけ普通の、もしくは全く予備知識がない人たちに分かりやすい形で提供する必要があるのではないかと思いまして、こういう本を書くことになった次第です。
 お話の前に簡単に自己紹介をいたしますと、高校生のときから密教を勉強したいと思っていました。大学二年のとき山折哲雄先生に出会い、今の高野山真言宗の管長猊下の松長(有慶)先生を紹介していただいた。ただ、ほとんどのことは独学に近いものでした。三十代の初めのころ二年間韓国の大学で教え、帰ってきてしばらくしてから、今度はチベット仏教のツルティム・ケサン(大谷大学名誉教授)先生―ダライ・ラマに近い方です―にたまたま出会って一緒にチベットに行ったら、私とあなたとは前世では兄弟だったという変なくどかれ方をしまして、チベット仏教を勉強するはめになりました。以来、チベット・ヒマラヤ界隈に二十回まいりました。
 最近は現場のお坊さんとお付き合いをすることも随分多いのですが、私が今やろうとしていることの一つは、葬儀に対する偏見というか、あやまった知見というか、とにかく葬儀にまつわりがちな負のイメージを、なんとか払拭することです。これまでは、葬儀というものが、葬式仏教と表現され、ねじ曲がった、よこしまな仏教と、よくない仏教として否定的なイメージで語られてきたと思います。しかし実はそうではなくて、仏教の葬儀はブッダの葬儀から始まった。これは『大般涅槃経』にあるように、ブッダは生前、自らの葬儀について詳しく指示していました。それから先祖供養の起源も初期仏教からある。そのあたりは『増一阿含経』に出てきます。
 あるいは最近、ブッダは魂というものを認めていた可能性が指摘されています。。「相応部」(サンユッタ・ニカーヤ)の中には少なくとも二カ所、その証拠があります。それは「ヴィンニャーナ」という言葉の用例です。これまで「識」とか「識別力」と訳され、とくに注意を引いていたわけではなかったようです。しかし、実は中村元先生がかなり以前から、岩波文庫の『悪魔との対話』の訳注に、「ヴィンニャーナ」に対して「霊魂のようなもの」とか、「ドイツ語ではSeeleという」、つまり霊魂と書いているのです。さらに昨年出された「相応部」の新しい訳(春秋社)では、「ヴィンニャーナ」に対して、本文はやはり「識」ですが、注にははっきり「たましいのこと」と書いてあります。
 また、一昨年になりますが、桂紹隆先生が、「インド仏教思想史における大乗仏教―無と有の対話」(『大乗仏教とは何か』春秋社)という論文に、霊魂があるかないかをめぐって、実はインド仏教界は半々に分かれていたと書いておられます。玄奘三蔵が留学した頃ですから、六、七世紀段階におけるインド出家僧の半数は実際的には霊魂実在論だったというのです。この状態はインド仏教が滅びるまで続いたと書かれています。
仏教における霊魂の話になると、必ずといって良いくらい出てくる無我説や非我説にしても、少なくとも当初は、たとえば私の特定の部位を指して、そこに私がない、外部のものを指して、そこに私はいない、そういう意味だったのに、後世になってから拡大解釈されて、霊魂否定論の意味になってしまったらしいのです。
 日本の祖師たちが書きのこした文献を見ても、たとえば臨済宗の大燈国師の『仮名法語』にも、悟らない限りは念が残るとはっきり書いてあります。悟ってしまえば、なにも残りませんが、悟らない限りは念が残って、それが転生するというのです。それはおそらく『増一阿含経』などに出てくる見解と同じだろうと思います。もし仮に、何も残らないとなると、何が輪廻転生するのかという問題、何が浄土に行くのかという問題が起こってしまいます。その辺のことを全面否定してしまうこと自体、あるいは見て見ぬふりをしてしまうこと自体、学問的にも信仰の面でも、間違っていると思います。
 要するに、われわれは悟らない限り、死後も何かがずっとあるんだという立場でいいと思うのです。ある意味で、霊魂実在論に基づいて葬儀その他を行ってきた日本仏教の在り方は、仏教の本来の姿に照らしても、決して間違っていないだろうというのが、私の申し上げたいことです。

■伝統を今に活かす

【中村】 今日の出席者の中では私が一番の若輩、昭和三十三年生まれですが、非常に危機感を持っています、宗門に対しても、仏教に対しても。私も寺の子として生まれ、なぜか懐疑的な性格だったものですから、駒大に行ったものの、仏教を学ばないで心理学を専攻しました。そのときに佐々木先生の宗教人類学の講義を随意科目で受けた、卒業単位とは関係ない科目です。そのときに先生は「あなた方は呪いを信じますか」と。「あるんですよ」と言ったんですね。(笑)それ以来のご縁で、何年か前にまたご縁をいただいて、当山でも二回ほど講演会をやっていただいております。
 もう三十五年も前になりますが、心理学専攻の学生として青年期の宗教意識の調査をやったことがあります。われわれの普段やっていることと離れて、一般の若者は何を求めているのだろうと、その調査ですね。新興宗教を訪ねたり、そのころ勢いがあったのは原理運動、つまり統一教会ですが、これの研修会に参加したこともあります。そうすると、新興宗教というのは、修行型、供養型、現世利益型、世直し型と分けることができる。修行型は基本的に桐山密教のような、霊力を付ける、オウムも元々はそうだったと思うんです。供養型というのは、霊友会、妙智会、立正佼成会。現世利益型というのは創価学会、とくに末端の人はそれが強い、ただ学会は最後の世直し型につく。政党を持っていますから。統一教会、幸福の科学も世直し型で、政治に介入していきます。
 そんなことで新興宗教を研究していたとき、まず教祖がいて、土地を買わなければいけない、建物を造らなければいけない、信者はもちろん集めなければいけない、集金もしなければいけない。それは、集金力は大変なものです。しかし翻って仏教界をみれば、われわれはありがたいことに土地はあり、建物はあり、歴史的な伝統があり、そこに信頼がある。これだけのものをいかに現代に生かすか、問題はこの一点だと思うんです。
 先ほど宗教を文化としてとらえるのか、教義としてとらえるのかというお話がありましたが、佐々木先生の最近の著作『生活仏教の民俗誌』(春秋社)の中に、ありがたい話で、うちの活動を取り上げていただいた。坐禅会や花祭り、講演会とか学ぼう会とか、いろいろなことをやっているんです。また先代も、保護司、民生委員、あるいは地域の自治会長など、お坊さんというだけで無条件にそういう話が来ます。
 檀家さんというのは信者ではなくて、そこに所属しているという意識のほうが強いと思います。なぜかと言ったら、うちでもう三十年近く坐禅会をやっていますけれども、檀家さんはそんなに来ない。宗教に興味がある方が坐禅に来ます。坐禅に興味を持っている人というのは本当に少ないですね。曹洞宗の教えでは只管打坐ですから、坐禅が中心で、檀家さんにも広めたいという気持ちはありますけれども、みなさん興味があるのは先祖供養です。これが私は事実だと思うんです。
 それから霊魂についてはちょっと前の『週刊現代』(三月十六日号)に、「東大病院・救急部長が語る死後の世界」という記事が載っておりました。「死後の世界」というのが随分大きな見出しですが、この救急部長ははっきり死後の世界を信じている。しかもご本人が二年前に亡くなった母親の霊と会話をしているんです。知人の霊能者を霊媒として、母親とさまざまな会話を交したという。臨死体験も報告されておりますが、これはもう二十年ぐらい前に立花隆が『文藝春秋』で、ずっとやっていました。NHKでも取り上げて、大脳生理学者とかユング心理学の河合隼雄先生などが出ていた。
 宗門のお坊さんよりも、そういった科学者であるとか、現場のお医者さんのほうがそういうことに興味を持って、もうあの世があることを前提に科学者同士が話をしているわけです。死後の世界がないと人間が本当に落ち着くことはできないと言い切っている。あの世がないと安心などあり得ないと言っている。ここまで言っているのに、なぜ現代のお坊さんたちは迷っているのか、そういうことを私は感じるんですね。何か、とりとめのない話になりましたが。

● 葬儀はコンサート、僧侶は指揮者

【佐々木】 それでは最後に、大谷老師、いかがでしょう。

【大谷】 みなさんよく勉強されていると思います。私が葬儀ということに関心を持ちましたのは、役職があるものですから、各宗教のお葬式に寄せてもらって、「何だいこれは」と、「何をやっているんや、これでは感動もなければ何もないじゃないか」と、それを感じたんです。ある宗派では最初から最後まで、だだっとお経を読んでいるだけで、二十分で終わってしまう。そうかと思うと一時間半もやっているところがある。キリスト教の葬式ですが、牧師が一生懸命説法しているわけですね。東北出身の方でしたので、曹洞宗の檀家さんでしょうか、一年に一遍お母さんのことを思い出すような宗教と、毎日思い出す宗教と、どちらがありがたいんだというふうに言うたら、それは毎日だ、だからぼくはキリスト教になった、そういうふうな話を得々とやっていくんですね。
 曹洞宗はご存じのとおり、法式については、各宗派を通じて一番完成された宗派と言われています。ところが、完成された宗派であるが故に、それを間違いなくこなしておればそれでいいんだという安易な考え方の中に埋没しているのではないか。だから感動を与えるということがない、「感動を与える」そういう葬儀とは一体何かと、これが私の第一の疑問なんです。
 そこで私は参加型の葬儀を考えるようになった。私のところの葬儀ではお参りしている人たち全員が参加します。まず枕教から、みなさんはどうしておられるか分かりませんが、お経から始めると思うんですが、私は違うんです。なんで枕経が必要なのか、それを理解しないと、私がここでお経をあげたって何もならないというので、その説明から始めます。
 そして、お釈迦様に阿難が水を汲んできてくれと言われて、その水を持ってこられたところの話から、まず末期の水を差し上げよう。それを私も一緒にということで、私と遺族とが向かい合わせの真ん中にご遺体がある。そこで一緒になって、水を口に湿していく。そしてお経をあげていくという、そういうふうにして参加型をすすめているんですね。
 そうすることによって、よかったと、これでうちのお父ちゃん、満足してあの世に行けますというふうに喜んでもらえる。そしてお子さんやお孫さんのお別れの手紙を必ず読ませるようにしています。そうするとそれは、こういうおじいちゃんだったのか、こういうおばあちゃんだったのか、こういうお父さんだったのか、という情報を提供してくれる文章でもあるわけです。そして四十九日間を終えさせていただく。私はお葬式というコンサートの指揮者をしているんだと思って、参加者全員の力を合わせて送っていく。
 それから、私なりの葬儀のしおりというものを作りまして、それを全参列者に配布します。多い時には二百部、三百部という数が出ていきますし、少なくとも数十部は出ていく。そしてお通夜の晩、お葬儀の時も必ず経本を持っていき、みんな一緒にそろって読むようにしている。そのようにして、生きたお寺づくり、生きた信仰心といいますか、その辺も私なりに説いております。
 先ほど霊魂の存在がどうのこうのというお話もありましたけれども、まずは遺族の人たち、あるいはその場に参列している、会葬している人たち全員が、いいお葬式だったな、私もあのようにして送ってほしい、と思ってもらえるような葬儀をしていくということが第一ではないかと思うんです。それに肉付けとして、どのようにして霊魂が存在しているのかどうかというのは、後で加えていくことができるように思いますね。
 戒名の話も出てきましたが、私どもの檀家では、大体三分の二の人が既に授戒を受けております。これは一日授戒ですが、一年に一遍、道元禅師のお誕生日である一月二十六日の前後になりますけれども、三十年来続けております。ですから、戒名も亡くなってから付けるというのは、私はほとんど意味がないと言っています。生きているときに、そのお戒名が生きていなければ何にもならない、本来の戒名というのはそういうものですよと。しかも四文字しか私は付けませんから、院号が付いたり、下に居士や大姉が付いたりするというのは、それは後でお寺にどれだけ貢献されたか、あるいは地域の皆さんにどう貢献されたかということによって付けたらいいのであって、戒名の一番大事なところは四文字です。それをお坊さんからもらわなければ、何の意味もない。
 それから、私は保護司でもありますので、刑務所に行きましても、受刑者と話をするときに必ず言えることは、その裏に家庭環境がある。その環境の中で常に虐げられてきた、長じて学校へ入りますと、学校の先生からも虐げられてきた。心の中に傷を受けているんです。ぼくなんかおってもしょうがない、そういうふうに思っている人たちが罪を犯しているんですね。おれでも存在しているんだぞ、生きているんだぞということを言うためにあれはやっているんですよ。
 そんな人たちに、すべての生き物は皆仏になる性質を持って生まれ、いつか必ず仏になる、こんな話をしても誰も信じてくれない。「なんで仏にならなあかんの。仏って死ぬことやろ、おれは死にたくないわ」、そういう取り方しかできない。悉有仏性という言葉は、存在するものはみな尊いんだと受け止めるべきではないか。ことごとく仏性ありと受け止めるからおかしいんであって、存在そのものが尊いんだというふうに取れば、その人は救われてくるんです。これは今日、佐々木先生に教えていただきたいところなんです。
 そういうことで、お葬式という人生最後の場をどうとらえていくか、その場合には授戒があって、そしてお寺とともに、人とともに生きていく生きざまの終りにその人の最期がある。その最期が次の人の始まりとして、どう受け止めていってもらうかというところに葬儀があると思うんです。そうでなければ葬儀は単なる通過儀礼、形骸化したものになってしまう。お坊さんにしてみたら、少しでもようけお布施を包んでくれるようにと、そういう単なる商売になってしまう、現にそうなっているのではないか。そんなことも含めまして、またみなさまのご意見を頂戴したいと思っています。

【佐々木】 松山老師から始まって大谷老師まで、四名の方はみな現場で活躍なさっていて、信徒や一般の人々に会い、日頃実行していることの反省やら、あるいは今後やってみたいことやら、それらを含んでのお話であったと思います。お一人お一人に共通項もあったけれども、また同じ宗派でありながら、信念信仰を異にするところもあって、というより表現の仕方が違っているのかもしれませんが、そういう違いが出ていました。
 仏教というものは、正木先生の話にありましたように、葬式自体がお釈迦さんの遺言の中にあるのです。中村元訳で釈尊最後の説法が岩波文庫本で出ていますけれど、あれによると、葬式をするなと言ったのは、修行をしているお坊さんに対してであって、葬式よりも禅定三昧と修行をやりなさいと、それで自分の葬式は一般の人に任せなさいと言っている。その任せるのは、転輪聖王と同じように大変なものです。何十枚何百枚という布で体をくるんで、それを油を入れた鉄の棺に入れて火葬し、遺骨は大きな十字路の真ん中に埋めて、塔を建てて拝めというところまでお釈迦さんはおっしゃっている。
 ですから、葬祭の本当の起源というのは、坊さんがかかわったのは後になるけれども、お釈迦さんから始まる。しかも仏塔、ストゥーパを建てよと言っているんですから、卒塔婆を建てて供養するということの起源もまたお釈迦さんにある。ところがいつの間にか、ヨーロッパ並みの仏教学がやってきますと、非常にキリスト教神学の合理主義的な面だけを基準にした学問を偉い先生方が東京帝国大学で始めて、そこで勉強をした人が駒澤大学だ、大正大学だ、どこだという私学に来まして、それにそった合理的なことを言い出してしまった。そのため、仏教ほど合理的・科学的な宗教はないというのが学者の間で一人歩きしてしまった。ということが一つ、これはお坊さんにとっても、学者にとっても不幸だったと私は思っております。
 幸いにしてというのか、不幸にしてというのか、私は仏教教理学を勉強しないで、宗教人類学、もっと分かりやすく言えば宗教人間学、人間があって宗教があるわけですから、逆に宗教があるから人間があるという言い方もありますけれども、人間と宗教とを絶えず重ね、関連し合わせて研究するというのが私の仕事でありました。東南アジアの、特に中国人が華僑として移住した、台湾、フィリピン、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、その辺りの仏教圏において、仏教の建前となっている縁起だとか、無だとか、空だとか、無常だとかいうようなお坊さんの説教の中心として説くことと、それから民衆が、お坊さんを尊敬しながら受け入れている仏教とは、どういう展開をしているかというところに目が行って勉強をした。それが教理学だけやった人と私と、少なからざる違いであります。
 そうなると、どうしても教理的な側面の仏教と、それからお坊さんも含めて民衆の生活の中に生きている仏教とでは大きな違いが見えてきたわけです。だから松山老師の、佐々木は文化として広げすぎるという意見ですが、それはどうしても広げないと現実のお坊さんと檀信徒、あるいは一般の人との関係のダイナミズム、それはあれかこれかというふうに固まる世界ではなくて、お坊さんの世界と、非常に混沌とした民衆の宗教観の世界とが絶えず重なり合ったり、混じり合ったりしている世界なんですね。ですから日本文化とは何かということを問わないと、仏教の発展ということが分からなくなると私は思っております。


   〈以下次号〉