●うたの力、日本語の力
【西舘】 もう三年になるのですね、あの東日本大震災というたいへんな災禍を乗り越えようというとき、そこから私たちが学んだことはさまざまにあると思いますけれど、そのひとつに日本人が歌によって励まされ、力づけられた。「ふるさと」という唱歌など、あの時期ほとんどの人が口ずさんだのではないでしょうか。日本の歌がこんなにも力を持って私たちに迫ってきたということは、特筆すべきだと思います。
日本人の心が忘れ去られようとしているといわれますが、そういう時代のなかで、しかし歌の持っている力というのはたいへんなものがあると痛感しました。先生は専門家でいらっしゃるから、それは当然と思っておられるでしょうか。
【長田】 はい。新沼謙治君が「ふるさとは今もかわらず」という、杉並児童合唱団と一緒に歌ってNHKでも取り上げられヒットしかかっています。あれだけの災害を受けたけれども、自分のふるさとへ帰っていくと心が安まるという歌です。千昌夫君の「奇跡の一本松」も船村徹さんが作曲して注目されている。「花は咲く」という歌はいろんな歌手が歌っています、そういうふうに歌によって励まされるということ、また震災をテーマにしてふるさとを思う復興支援ソングがつくられているということですね。
【西舘】 それがわたしは日本語の詞(ことば)の良さでもあると思うんです。ことばの品格が、表現力がちょうど失われようとしたときに、この大震災があったんじゃないか。そこで慌てて日本人の心って何だろうと探しているなかで、メジャーではないけれども、唱歌とか童謡という日本語の詞にあらためてたどり着いたのかもしれませんね。
【長田】 今おっしゃった、日本語の良さが忘れられたというのは、音楽的に見ますと、フォークソングやロックというものが出てきたときに、シンガー・ソングライターといって自分が作詞作曲して、自分が歌う。だから、どのようにもやれて、たいてい自分の体験談、一人称の歌ばっかりです。そこでまず歌の詞の情緒が欠けていった。
それから学校教育で「オウマノ オヤコハ、ナカヨシ コヨシ」といっても、昔は馬が身近にいて子どもの生活に密着していたけれども、今はテレビで映る競馬とか、動物園でしか知らなくて、子どもの生活から離れてしまったんですね。「オウマ」という、母と子の愛情を歌ったとてもいい歌なんですが、子どもにはピンと来ないんです。先生のほうでもそれをきちんと説明できない。
【西舘】 そういう意味で、生活のなかから育つ子どもたちの想像力が失われている。もちろん教える側の大人にもそういう力がない、という何か危機的な状況を、歌の面でも感じますね。
【長田】 もう、いっぱい感じてます。(笑)明治時代の言文一致運動の影響もあるでしょう、民話とか、おとぎ話から採った一連の口語体である唱歌、「うさぎとかめ」や「大こくさま」「はなさかじじい」、これがいまだに歌われるというのは、やはり子どもに分かるからなんです。
【西舘】 そうですね。「はなさかじじい」にしても「うさぎとかめ」にしても、単純なんだけれども、音としてやっぱりいいですね。
【長田】 分かりやすいですね。納所弁次郎、田村虎蔵という人たちがやさしいメロディーを作ったんです。
【西舘】 「もしもし、亀よ、亀さんよ」と歌えない人はいません。はっきり言って、何かそういう単純で、きれいで、響きが良くて伝わりいいという日本語を、どんどんそぎ落してきたような気がします。
【長田】 また、そういう単純でやさしいものでありながら、正直でなければいけないとか怠けちゃいけないとか、そういう徳育といいますか、それがいつの間にか歌と一緒に育まれてきた。明治の時代にそれをやったということが、すごくいいことと思うんです。
【西舘】 その明治の黎明期、やがて大正の童謡運動まで行くわけですけれども、開国という一種の危機意識を一方にもちながら、作詞家や作曲家たちは日本語をきちんと伝えようとした。伝承の心得をもっていたわけで、そのなかに唱歌・童謡の運動があったんですね。
【長田】 そうです。石川県の子守唄とか、富山県の子守唄が明治になって北海道の開発で帯広地方に行って、「赤い山青い山白い山」になりました。これに北原白秋さんがヒントを得て「赤い鳥小鳥」を創作し、そして童謡の基本方針はわらべ歌にするという宣言をなさる。だから、大正ロマンの童謡というのは、子守唄やわらべ歌から出ているんです。
【西舘】 児童雑誌「赤い鳥」の第一号第一ページの上に、「ねんねの寝た間に何せョいの」という帯広地方の子守唄が載っています。先生ご専門の民謡もそうですし、わらべ歌であれ、あるいは労働歌であれ、すべて日本人の心が詠まれていますね。その継承の上に「赤い鳥」運動というのが出てきた。
【長田】 片や野口雨情さんも、仏教児童雑誌「金の塔」に頼まれて娘の十三回忌に書いた鎮魂の歌が「シャボン玉」であり、借金で家を没収されたときに書いたのが「こがね虫」であり、「七つの子」でも慈愛の精神で貫かれています。だからこそ多くの人に歓迎されたのではないでしょうか。
【西舘】 つまり歌の向こう側に日本の心髄といいますか、日本人の精神の屋台骨がある、だから歌が生きていたということを、もう一度見直さなきゃいけないと思いますね。
●子守唄のルーツは仏教にある
【西舘】 山手線で目にした光景ですが、ベビーカーの赤ちゃん、一歳と何か月でしょうか、上手にスマホをいじっているんです。(笑)その両親は座席で寝ていて、母親が目をさましたと思ったら自分の携帯を出してこれをやってる。父親が起きてもそこに会話がないんですね。要するに、言葉というのは想像力とか、周りの観察とか、人と目が合ったとか、手が動いたとか、五感から作られるものじゃないですか。それがまったく働いていない。で、わたし池袋から秋葉原までずっとその親子を見てました。(笑)
【長田】 確かに、電車に乗ると、若い男の人も女の人もみんな、スマホをみていじっています。お年寄りや妊婦のための席だと書いてあっても、そこに座って平気でやっています。それは将棋の名人がコンピュータに負ける時代ですから、機械のデータ、情報というものはすごいんでしょうけれど、情緒とか道徳というものが欠けてきているんですね。
【西舘】 本当に日本の言葉というのは、この自然があって、歴史があって、四季があって、情緒があって、そういうつながりのなかで動いているものですね。それが断ち切られてしまう、ということは日本語が忘れ去られてしまうということだけではなく、情緒や道徳も欠けていくということなのでしょうね。そうならないために、この国が過去からどういう遺産を受け継いできたのか、先祖は何を残していこうとしたのか、そこにたどり着かせるまでのことをやるのが、私は宗教だと思うんです。
なぜなら、宗教は日常に生と死とがある場所です。生と死がいつも隣り合わせにあり、命の大切さを教えてくれる。また理屈は分からなくても、先祖を大事にする、神仏に祈るという、その基本形をきちんと保存している場所ですね。それに子守唄を調べておりますと、子守唄の基本は仏教なんです。釈迦に説法ですけれど「帰命頂礼」というあの心、仏にひれ伏しても懐に飛び込みますよという、あれはお母さんと子どもの姿です。あれだけの信頼関係は、母子像以外にないでしょう。
やっぱり先生がご存じのとおり、子守唄は「ねんねん」から始まって、死者も生者も安らかに眠る。一日か永久か分からないけど、生と死が隣り合わせにあるということを、お寺で納得するのは大事だと思います。実際歌にしても、ご詠歌があり、和讃があり、お説教会あり、いろんなことをやっておられるけれど、マスコミの影響でしょうか、歌を競い合うというような方向へ行ってしまっている。だから、もう一度お坊さんたちが、枠を越えて歌の部分でも働いてくれないだろうかと切に思うんです。
【長田】 全く同感です。昔は寺子屋で読み書きそろばん、それから儒教思想も含めて、道徳をみんなに教えた。それが明治五年に学制ができ、学校で教えるようになって、教育の効率はよくなったかもしれないけど、質は外国の物まねが多いんですよ。
【西舘】 多いですね。だから、マスプロ教育じゃなくて寺子屋式のものを、もう一回地域に作ろうよということです。それがなければ、日本は人間を作れないと思う。まず物を大事にするとか、言葉を大事にする、あるいは人を大事にしましょうと、今こそ本当にそういうことを命懸けでやる人が出てこないといけない。その役を、わたしはお寺が担っているんじゃないかと思うんです。かつてそうであったように、そこでもう一度生と死を教えてほしい、もう一度地域の中心に立ってほしい。だけどお寺さんに行けば、一番問題になるのは、地方では檀家がいなくなった、お葬式がなくなった、と暗い現実ばかり。
【長田】 無住の寺が多くなりましたしね。
【西舘】 そうです。無住の寺があってもいいでしょう、乱立よりはいいかもしれない、けれども無住にしないためには、そこに行けば精神も心も体もちょっと浄化されるという、そういう活動をすべきではないでしょうか。そこから始まるような気がしてしようがないんです。それこそ震災後の私たちの役目だったんじゃないか。
【長田】 なるほどね。
●団塊の世代よ、立ちあがれ
【西舘】 さっきお話のあった、童謡・唱歌も分かりやすいものは今でも歌われるという、その分かりやすさを今、そういうお寺で教えるときだと思うんですね。和讃だって仏の徳をたたえ、それを大衆化するためにあったわけだし、ご詠歌なんかは、分かりやすいお経をもっと分かりやすく、みんなに伝えるためにあったのが基本じゃないですか。
【長田】 そうです、分かりやすくしなければいけないというのが私の根本的な考えなんですよ。だけれども、童謡・唱歌の意味を、もう母親が知らないんです。だから母親教育もしなきゃいけなくなってくる。(笑)
【西舘】 いえ、お母さん教育はできません。お母さんの前におばあさんがいます。おばあさん教育が必要と思っています。わたしも子守唄をやっていて限界を感じるのは、いくらお母さんに子守唄を歌ってほしいといっても、今のお母さんは忙し過ぎる。子育て、家庭、地域というのは女の人が握っていた三大力ですね。家庭というのは、食べる、着る、住まう、それから地域を作ってきたのは女です、男ではありません。その上、今のお母さんは勤めているでしょう。
だから本当は、子育てが大事だというなら、なぜ子育てをきちんとしないのか、わたしなんかそういう意見なんです。子育てが大変で、イクメンまで作ってやるなら、お母さんにきちんと育てさせればいい。けれどもそれができない。
【長田】 そうですね。
【西舘】 だから結局、幼稚園や保育園に預ける、そうすれば子どもは安全と、そこに大きな間違いがあります、それは伝承を切っちゃうことになるんですね。ですからおばあちゃんがまず、かわいい孫に子守唄を歌ってやるというところから始める、そうすれば一代遅れても、次の人は歌います。それでないと駄目だなって、最近気づいたんです。
【長田】 おばあちゃんのいるうちは、孫といろはかるたをしてみたり、お手玉遊びを一緒にしたりして、教えるというより一緒に遊んでますね。そういういいコミュニケーションがあった。
【西舘】 そうです。先生、お孫さんいらっしゃいますか。
【長田】 ええ、おります。
【西舘】 かわいいでしょう。
【長田】 小さい時はかわいかったですね。(笑)もう今は大きくなりましたから。
【西舘】 そのお孫さんに、何か歌ったり教えたりします?
【長田】 今はもう成人以上になってますからそれはないですけど、小さいときは、やっぱり自分の娘にはそれほどでもなかったですが、孫ができたときは大変でした、かわいくて。おむつ替えたり何か一緒にやってみて、女の人って大変だ、子育ては大変だと、孫が生まれて初めて分かりました。
【西舘】 大変ですよ、子育てって。今お母さんに向かって、あなた抱っこして歌ってよといっても、なかなか難しい。ですからおじいちゃんおばあちゃん、ちょうど今団塊の世代がその年齢に達してますから、この人たちがもう一度子守唄に目を向けてほしい。今回の大震災でも、何もないときに一番役に立ったのは、おじいちゃんおばあちゃんの知恵でした。赤ちゃんのおむつがないといったとき、ビニール袋の角を切って足を出せばいいとそういう知恵を教えてくれた。お手玉や折り紙にしても。
【長田】 そうそう。昔はそれで毎日のように遊びましたね。
【西舘】 何もないということを想定できない日本人の不幸ってあるんじゃないでしょうか。何もないときに工夫して遊ぶという知恵ですね、歌をベースにした遊びとか、伝承されたものを学べるようにしたいと思うんです。
【長田】 「むすんでひらいて」だって、明治の初めからありますね。
【西舘】 そうです、「むすんでひらいて、手をうってむすんで」これだけ。それで十分手の運動もできます。
【長田】 「いとをまきまき」とか。
【西舘】 そうです。そういう歌や遊びを今教える人がなくなりつつあるんですね。そういう伝承を大事にしていきたい、キーワードは伝承だと思っています。伝統ということではなくて、心の伝承、命の伝承。心を育てるには、まずきれいに掃除をすることも大事、ご飯も大事という、そういう原形にたどり着くことではないでしょうか。
●歌は人の心にしみ入るもの
【長田】 私は音楽のことしか分からない人間だから、どうしてもそっちへ話が行っちゃうんですけど、学校の音楽の教科書なんか見てますと、日本の古来のわらべ歌とか子守唄がほとんど入ってないんです。少ないんです。それで日本の文化は駄目だけれども、外国の文化はよろしいというのでしょうか、例えば「ラ・クカラチャ」、これはメキシコの歌で、クカラチャとはアブラムシのことです。戦争に行って、アブラムシのごとく汚くなって帰ってきたけれども、無事に帰還したと留守家族の人たちが大歓迎をする凱旋歌なんです。
それから「灯」とか「いずみのほとり」、これはソ連の軍歌です。軍歌集の中に載っています。祖国愛の灯火を消さないようにというのが「灯」で、それを何か「夜霧のかなたに」なんて、ソフトな歌詞にして日本人に歌わせている。「アルプス一万尺」にしても、もともとは「ヤンキードゥードゥル」というアメリカ独立戦争のときの歌で、ヤンキーとは、イギリス人がアメリカ人のことを卑怯者というような意味で使った侮蔑的な言葉です。それがアメリカのほうが勝ったものだから、いつの間にか愛国歌になっていった。
というように、学校の教科書に外国の軍歌がたくさん載っています。軍歌でも、外国のものはいいんだよと、こういう編集方針を文科省、文化庁が示唆しているんですね。
【西舘】 わたしも文科省とか文化庁が何を考えているか分かりません。おかしいなと思うのは、「五木の子守唄」がつい最近まで載っていたのがカットされましたね。
【長田】 「かんじんかんじん」が駄目なんです。
【西舘】 だそうですね。「かんじんかんじん」は「乞食」の意味で、差別用語だという。「われは海の子」もなくなりました。「とまや」が分からないと。
【長田】 分からなきゃ教えるのが教育の場でしょう。
【西舘】 その教える人が分からないんです。(笑)「紅葉」でも「裾模様」が分からない。そういう分からないことが一点でもあると、これは教えても意味がないということになってしまう。それから先生がよくおっしゃるように、人間が持っている悲しみみたいなものが行間にないと、歌は人の心に響かない。
【長田】 それは例えば軍歌でも、行け行けどんどんと攻撃のときには「軍艦マーチ」や「抜刀隊の歌」がいい。ところが、実際に戦友が亡くなったり、戦死者の鎮魂の歌となってくると、「戦友」「暁に祈る」といった哀愁のある歌が歌われるんです。
【西舘】 十年ぐらい前になりますが、あなたの子守唄は何ですかと聞いたとき、軍歌をあげる人が多かったんです。まだ実際に戦争に行った人たちが存命のころで、彼らが孫を抱いて、あるいはひ孫を抱いて歌ったのが「貴様と俺とは同期の桜」であり、「徐州徐州と人馬は進む」だった。
【長田】 「麦と兵隊」ですね。
【西舘】 そういうものが自分の子守唄だと。
【長田】 分かりますね、はい。話は変りますが、明治初期の音楽教育家・伊沢修二がボストンの音楽教育者メーソンを日本に連れて来て、唱歌の教科書を作りました。
【西舘】 最初の『小学唱歌集』ですね。
【長田】 そうです。日本には教材にする歌曲がなく、日本のヨナヌキ音階とスコットランド、アイルランドの音階が似ているというので、「蛍の光」とか「庭の千草」とか、ああいう民謡をたくさん教科書に入れた。しかも、「アニーローリー」を「才女」として。
【西舘】 紫式部と清少納言が出てくる歌詞に変えちゃった。あれはすごい発想です。
【長田】 はい。「庭の千草」でも元の歌は「ラストローズ・オブ・サマー」、いわゆる咲き残ったバラだったのに、日本は千草で、よく歌詞を見ると菊です。そういうふうに日本化していったところに、あのころの作詞家、国文学者たちの心意気といいますか、すごいパワーを持っていたと思う。
【西舘】 博識であり、歴史について造詣が深かった。「海行かば」も、あれだけの歌を『万葉集』から採ってくるわけですね。そういう意味で、伊沢修二以降音楽教育家の果たした役目は大きかった。
【長田】 とても大きいですよ。
【西舘】 それじゃあ今誰がいるかといったら、いませんでしょう。
【長田】 いません。世界的に活躍している音楽家は、小澤征爾さんをはじめたくさんおられるけれども、それはプロの音楽家としてやっているだけであって、明治大正の人たちがやったような、教育のなかにしみ込ませていくということはしておりませんね。
●小学校にこそカラオケを
【長田】 今日はいろいろと批判的なお話が出てまいり、またこれからの仏教界に対する提言もいただきました。そこで、ではどうやって子どもたちの徳育を取り戻していくか、また新たな精神文化を作っていくか、そのへんはいかがでしょう。
【西舘】 命の教育、心の教育と、いってしまうと簡単なんですけれども、あなたの生きている命の隣には常に死というものがあるという教育が、今日本に一番欠けていると思うんです。憐み相手を思いやる魂の高さまでいかない。だから、人をいじめたり殺したりするようなことが起きる。
いじめの問題にしても、いじめっ子というのは一人か二人なんですね。けれども、その子に合わせたり、妥協したりしないと生きていけない、そういう世の中になってしまった。付和雷同の子たちを集めて、いじめのなかに参加させている、でもそれって今の日本の大人の姿ではないでしょうか。だから、子どもたちにいくらいじめをやめなさいといってもやめません。なぜって、現実に大人がやっていることですから。
笑い話のようですけれど、スマホがなくなったら発狂する子がいるそうです。コンビニとスマホがなかったら生きていけない。それが怖いから、スマホを何個も持っていると、そんなばかばかしい現象が起きても誰も何とも言えない。そういう消費文明といいますか、そういう生活を考え直さなければいけない、その曲がり角にきていると思います。
消費の生活からもう一回基本に戻って、冬は寒いんだ、夏は暑いんだ、夏のものは冬には食べられないんだ、というなかで、空を見ようよ、木を見ようよ、そういう感性を、五感を育てる教育が命の教育だと思うんです。それを教えるのは本当は家庭や学校だったのに、今はともにその機能を発揮していない。やっぱりお寺がキーワードになるのでは。
今日一日スマホを使うのやめようと、そういう思いが頭のなかをかすめるだけでもいいんです。いつか、ああ、あそこでこんなこと習ったな、こんなふうにものを考えてみようかなと、そういう子どもたちが育つような教育をしてほしい。これ長い時間かかります。
【長田】 そうでしょう、教育は今日やって、明日成果が出るような性格じゃない。
【西舘】 ええ、「場」を持つお寺に期待しすぎますかしら。でもお寺から日本の唄が流れてくるなんてすてきじゃないですか。
【長田】 ぼくはどうしても音楽の話になっちゃうんですが、(笑)日本音楽の特徴の五音階によってできた歌がたくさんあります。わらべ歌にしても、民謡にしても、子守唄にしても、そういう五音階の音楽をもういっぺん見直してみるということ。それはやさしい歌なので、日本語のアクセントにも言葉にもよく合ってるんです。それをもう一度教材の中に採り入れていきたいですね。
【西舘】 ええ、命の教材は歌です、難しい論じゃないですね。
【長田】 あのウィーン少年合唱団が日本へ来た、それから世界各国の少年少女合唱団が来るというようなことで、それを見習って児童のための合唱教育が盛んになりました。これはNHKでも合唱コンクールというものをやる。文科省の教科書を見ると、合唱編なんていうのが出ていて、相当難しいものをちゃんと歌える子もいます。その反面、じゃあ簡単なわらべ歌はどうか、歌えないんです。その差が激しいんです。難しい歌は歌えて、やさしい歌がだめだという矛盾が生じています。
【西舘】 それは教える側にも問題がありますね。教師にとって、生徒が難しい歌を歌ってくれれば、それは自分の手柄なんです。だからピアノの発表会なんかで、こんな難しい曲を演奏しないで、「きらきら星」でもやればいいのにと思うことありますね。ちっちゃな子が髪ふり乱してやっているのを見ると、角兵衛獅子を思い出しちゃう。(笑)
【長田】 角兵衛獅子、懐かしい言葉が出てきましたね。ところで今は大人がカラオケ、カラオケと言ってやっていますが、あのカラオケこそ学校に置いてほしいです。というのは、小学校の先生は全科を受け持って、音楽の専門家ではないわけですから、生徒の歌の伴奏でピアノやらオルガンを弾いていると、弾くのに一生懸命で生徒のほうへ注意がいかない。逆に生徒の歌に気を付けていると、伴奏のほうがおろそかになってしまう。
ですから、ちゃんとした伴奏のカラオケを使って、先生は指導に集中する。そういう簡単な発想の転換で、小学校にカラオケを入れようという運動です。
【西舘】 なるほど、そうですね。歌というのは実際歌うことで気持ちのいいものです。理屈がないし、歌の言葉を噛みしめてきれいに発音すれば、心を育てることにもなる。もっとも私たち大人のカラオケは自分のためにしか歌ってないから、自己陶酔ばかりで、ちっとも感動を呼ばないんですが。歌の向こうには日本の言葉があって、時代があって、自分史もダブってくる。カラオケって、いいアイディアですね。
【長田】 お寺でも実際にやっているところはあるんですよ。
【西舘】 はい。わたしも何度かお邪魔して拝見しておりますけれども、やっぱり成果はあります。子守唄やわらべ歌に限らず、和讃をはじめ宗教音楽まで、それを一生懸命やっている方がいらっしゃる。そこでは、帰りにはみんなで手をつないで、空を仰ぎながら仲良く帰って行く。
【長田】 一緒に歌いながらね。
【西舘】 そうです。一緒に歌いながら手をつないで帰る、日本人の心の再生はそういうところから始まるのではないでしょうか。ふれあうことの大切さを噛みしめながら。
〈昨年十一月収録〉
「新寺子屋教育」
推進のお手伝いをいたします
仏教企画では「日本子守唄協会」が推進しておられる唄を通しての情操、道徳教育の活動に協賛し、「新寺子屋教育」のお手伝いをいたします。
講師の先生方は下記の通りです。
お寺の諸行事、教区、宗務所などの行事を企画される場合の参考になさってください。
たとえば、お寺の行事ですと、西舘・長田先生のトークショー、西舘・ギターの原
荘介・歌手の稲村なお子、西舘・ウクレレの清水睦夫・歌手の川口京子、長田先生の講演+歌手、西舘・二胡奏者(姜暁艶)などが組み立てられます。
予算や組み合わせなど御相談に応じます。お問合わせください。電話042・703・8641(留守の場合は折り返しご連絡いたします。できればFAX、メールにてお願いいたします。FAXメールは1頁にあります)
日本子守唄協会派遣可能な方々
講演とお話 こころ寺子屋
小林登(小児科医 元世界幼児学会会長)
西舘好子(日本子守唄協会理事長)
湯川れい子(作詞家)
藤村志保(現在体調不良のため休養中)
黛まどか(俳人)
青木新門(詩人 作家)
山折哲雄(宗教学者)
山谷えり子(参議院議員)
赤坂憲雄(民俗学者)
石井正巳(民俗学者)
高橋史郎(親守歌 埼玉県教育委員)
三砂ちづる(津田塾大学教授) 他
演奏家
原荘介 (ギターリスト)
清水睦夫(ウクレレ協会理事長)
長谷川芙佐子(ピアニスト)
久保祐子(ピアニスト)
池田宏里(ギターリスト)
志茂田景樹(作家 よい子の読み聞かせたい)
姜暁艶(二胡奏者) 他
協力者
長田 暁二(音楽文化研究家)
常田富士男(俳優・朗読)
川口京子(歌手)
稲村なお子(歌手)
オスカーぷろ(手話と歌&ダンス)
齋藤寿孝(全日本ハーモニカ協会理事長)
木下晋(画家)
芹洋子(歌手)
いるか(歌手)
古謝美佐子(歌手)
高部知子(タレント)
本條秀太郎(民謡歌手・津軽三味線)
榎木孝明(俳優)
田中健(俳優 ケーナ奏者)
他