葛城天快 駒澤学園理事長
昭和16年奈良県生まれ。
御所市不動寺住職。
駒澤大学仏教学部卒、奈良県公立学校教員として、小学校、中学校、高校に務める。
平成22年より学校法人駒澤学園理事長に就任、現在に至る。
地元の人に愛される学園をつくりたい
【藤木】 私は駒澤学園には懐かしい覚えがあります。まだ世田谷区の弦巻にあったころですが、大学時代の教育実習でした。上田祖峯先生が指導教授で大変印象深いご指導をいただきました。
その後、こちら稲城に移られてから、東先生が学長の時に先生にインタビューのため伺ったそれ以来です。
【葛城】 東先生の頃からでも、もう十何年になるんじゃないですか。
【藤木】 はい、だいぶ経ちました。私どもでは今、宗門のいろいろな方々にお話を伺っておりまして、先日は新しく宗務総長になられた釜田隆文老師にお会いしました。老師は永平寺では私より二級上ですので、先生とは同安居。
【葛城】 そうです、同じです。
【藤木】 私も保育園と児童養護施設をやっていますし、先生よくご存知のように、曹洞宗では保育園や幼稚園を経営されているお寺さんも多いわけですが、その宗教といいますか、仏教ということは始めからうちだされますか。
【葛城】 それはある程度分かって入ってくると思います、仏教系ということですね。この頃、募集要領にもそれをちゃんと謳います。また、オープンキャンパスでこちらへ来て話を聞いている学生が多いですから。ここは永平寺とのつながりが強く、ずっと禅を主とする学園ということでやってまいりました。その間、浮き沈みはかなりあったようで、上田先生あたりがかなり苦労されたようです。浮いている時はいいけれども、沈んでいる時がありますのでね、できる限り魅力的な学園づくりをしなければと思っています。
【藤木】 その点で苦労されているというか、どういうことをされているか、ひとつご披露いただけますか。
【葛城】 こちらの環境づくりもありますし、学部の改変もありますが、一つ心がけていることは地元との連携ということです。地元の方が気軽にキャンパスへ来られるように、土曜講座の開催とか住民の人も参加する形での教育懇談会的なものをやる、あるいは学生たちがボランティアで町内の清掃にあたるとか、とにかく住民の方々との関係を密にしていきたい。今ボランティア関係や対外的な活動をトータルしたら、大方百件はあります。
【藤木】 それは学生にとっても、社会の人たちとの接点を持つというのはいいことですね。自分の視野も広がってくる。
【葛城】 そう思います、モチベーションも上がってくるでしょう。我々も学生時代、地元の人に喜ばれるような活動をよく考えていたものですよね。あそこは深沢町といいましたか、当時道路が舗装されてなかった。自治会の人たちと話し合って署名運動を始めて、集まった署名を区役所へ出したら、早速に採択されて道路が全部舗装された。
【藤木】 それはどの辺の通りでしたか。
【葛城】 今の駒沢通りと、こっちの大学までの間。とにかく雨が降ったら、ざあっと流れてしまったんです。私らが署名を集めたのが大学二年の時ですから、昭和三十六、七年ですね。そうしたら地元の人が、学生さんのおかげで歩きやすくなりました、なんて喜んでくれた。地元とのつながりというのは私も経験しているので、ここの学生にもそういう活動を期待しているわけです。
学生への対応には気が休まりません
【藤木】 学生さんたちの相談窓口というようなものは作っておられますか。
【葛城】 あります。学生支援課があり、学習支援もやっています。カウンセラーを置いていて、結構学生が相談に来ると言ってます。
【藤木】 どんな相談が多いのでしょうか。
【葛城】 私のところまであまり細かい内容は聞こえてきませんが、大学生ぐらいになると、親元を離れていることもあり、やっぱりその不安感があるんですね。親にも言いづらいようなこと、何か聞いてほしいということで、そこのカウンセラーのところへ相談に来る。心のよりどころを求めてみたいというようなことでしょうね。もう一つ、四大のほうですけれども、ゼミの先生が担任制になっているんです。そのため、学生の動静についてはかなり詳しく把握してもらっています。二時間続けて欠席になったら、担任のほうから本人に連絡をする、あるいは連絡が取れないとか、もう三時間、四時間も欠席となれば親に連絡するんです。そういう体制で、かなり学生はきちっと登校しています。
【藤木】 それはとてもいい傾向ですね。学生と教授との距離感が近くなった。
【葛城】 ただ、気を付けなければいけないのは、片方は先生で片方は学生という、そこにけじめがないといけません。親しくなるのはいいんですけれども、そこであまり近づきすぎて、時にはハラスメントという、この頃やかましいですからね。パワーハラスメントとかアカデミックハラスメント、いろいろ言われます。学生がちょっと不快感持ったら、もうハラスメントだって訴えますから。
【藤木】 そういう意味での対応となると、なかなか難しいのじゃありませんか。
【葛城】 実はこの間もそういう例があって、調査委員会を作って調べました。何人かの学生に確かめますからね、そうしたら、先生はそんな意味で言ってませんよという。それで訴えた学生本人に質すと、「そうですか、私の思い過ごしでしたか」と、それで終わってしまう場合もあるんです。とにかく一から十まで気の使いっぱなしです。
【藤木】 ご苦労さまです。それは先生方にとってもいいご体験ですね。
【葛城】 それから最近、何が難しいかというと、ご承知のようにモンスターペアレントというのがここでもありましてね。中高生だけでなく、大学生の親にまで及んでいる。それに対して先生方は素人というか、隙だらけですよ、その隙間をねらって、ああでもない、こうでもないとつっついてくる。ちょっとした言葉の揚げ足取りといいますか、そういう苦情に対して、専門的に応えるような勉強なんて誰もしていないでしょう。だから、ものすごく困ります。
【藤木】 誠意をもって応えていくしかないということでしょうか。
教育の基本は家庭教育にあります
【葛城】 とにかく親の問題というのは大きいので、私は教育の原点は家庭にあると思うんです。親が教えなければいけない。
よく動物界で、まあ人間も動物ですが、親が子に教え育てますね、教えることが無くなった時に巣立ちをさせる。人間もそうやって一生懸命教えればいいんですけれども、それを人任せにしているところが大きな間違いだと思う。私の感覚からいうと、今親はほとんど子育てしてないんです。夫婦共稼ぎか何かで出てしまって、もう小さい時から保育園、幼稚園、学校。で、学校が終わったら塾通いをさせて、自分が帰ってくる頃に子どもが帰宅するような仕組みでやってますから、親と接する時間なんてほとんどないんですね。そういう結果が、子どもの気持ちが親に向いてなくて、子どもの関心を買いたいがために学校へクレームをつける、そういう場合もある。
【藤木】 そうでしょうね、そう思います。では、その辺はどういうふうにカバーされようとしていますか。
【葛城】 それはこの前も、ある衆議院議員の秘書とお会いする機会があって、教育について話し合ったんですが、今の受験競争を煽るような政策、あるいは十年持たないような見通しのない政策はやめて、もっと現場がしっかりと腰を据えて取り組めるような施策を打ち出すべきだ、文教族といわれる先生方に考えてほしいと、そういう話をしたんです。
何といっても、「国家百年の計は教育にあり」といわれるぐらいですから。
【藤木】 とても大事なご指摘です。教育はまさに百年をかけるぐらい、基本的に積み上げていかないと。
【葛城】 今の政策は十年持たないですね。「ゆとり教育」なんては完全な失敗作ですよ。けれども、それを失敗といわない。
【藤木】 なかなか言いませんね、国は。
【葛城】 そうです。
【藤木】 どういう教育方針を望まれますか。
【葛城】 もっと先生が安心して教育に携われるような施策が欲しいですね。例えば、教科書についても、国の方針がころころ変わりよる。それともう一つ、今は業界、企業といいますか、企業がもっとキャリア教育をしてほしいと言ったら、すぐにそれを受ける。企業が、こういう点が足りないじゃないかと言えば、それに合わせた教育方針が出てくる。企業型資本主義といったらいいのか、企業型民主主義といいますか、それに基づいた教育なんですよ。
【藤木】 これはちょっと大きな問題です。
【葛城】 それと教育審議会の委員でも、学校現場に実際携わっていた人の数なんて少ないんです。それも問題だろうと思う。いろんな面で、もうちょっと腰を据えてやってほしいなという気がするんです。
私の仕事は勉強という学生もいます
【藤木】 その辺、私学の特徴を生かすということはできないものでしょうか。
【葛城】 それはもうこっちはやりますけど、あまり特色ばかりでやっていくと今度、補助金に影響してきます。
【藤木】 なるほど。
【葛城】 まあ、建学の精神とか、そういったことに対してはとやかくいいませんが。こういうことをやれとか、ああいうことをやれと。今でもシラバスといいまして、前期十五週、後期十五週、これは座学でしっかりやりなさい。教育実習とか、そういう実習は時間外でやりなさいという。そうしたら、十五週プラス二週で十七週になる。さらに試験の週もありますから、大体二十週ぐらい用意しておかないといけない。前期二十週用意しようと思ったら、夏休みは八月に入ってからになる。
【藤木】 二十週というのは五日計算ですか。
【葛城】 いやいや、六日計算で、土曜日も入ってます。我々の頃は四単位の教科、結構あったじゃないですか。
【藤木】 ありました。
【葛城】 今、一時間もないんですよ。最大二単位、ほとんどが一単位です。ということは、科目数ばっかり増えて、その分、学生の負担が大きくなるわけです。四単位ぐらいでやらせてくれたら、通年でいいですから、もっと学生のほうもじっくりと腰を据えた勉強ができると思う。科目数を多くして、あれも教えろ、これも教えろというのは欲張りすぎじゃないか。それでも、しっかり頑張っている学生もおりましてね、びっくりするほど単位数を取っているから、これ大変だったろうといったら、せっかく親が行かせてくれたんです、私は勉強して返すことしかできませんと。そういう学生もいるんですよ。
【藤木】 立派ですね、大したものです。
【葛城】 アルバイトはと聞いたら、たまにすることもあるけれども、私の仕事は勉強ですと、そういうことを言ってくれる。ただ、何のかんのいっても、出口をちゃんと保証してやらなきゃいかんという面もあります。私のところの学生ですが、ある建設会社の子会社で、全社員五百人といいましたか、工事関係ですから大体男子ですけど、内勤で女子社員が三十何名かおるらしい。そのうちの三分の一が私のところから行っていて、毎年一人ずつ十年間続けて切らすことなしに入社している、そういう関係もあるんです。
【藤木】 それは就職された学生一人ひとりが、きちっと評価を得ているということでしょうね。そういうことはとても大事ですね。
【葛城】 ありがたい話だなと思っています。