新春対談 
平成20年は永平寺三世徹通禅師七百回御遠忌の年です
喜心・老心・大心 食こそ命の源
道元禅師の『典座教訓』

文明化社会と言われている昨今、アトピーや成人病などで悩む人が後を絶たない。
その原因は食にあるといっても過言ではない。
そこで今回は『食』をテーマに、永平寺西堂の松原 流老師、正食協会正食クッキングスクール校長の岡田昭子氏からお話を伺った。
平成20年4月16日から21日に永平寺三世徹通禅師七百回御遠忌が行われることもあり、対談の舞台は永平寺。
「喜心・老心・大心」、精進料理、マクロビオティック、食育について。食に対する思いを語って頂いた。


●松原太流(福井県越前市盛景寺住職)
大正12年福井県生まれ。
昭和9年出家得度。昭和25年禅興寺住職。昭和29年〜34年大本山永平寺副典、典座。
41年〜43年、永平寺73世熊沢禅師の侍者。宗議会議員、参議を経て、平成16年から現職。
永平寺第100次、101次眼蔵会講師。

●岡田昭子(おかだ しょうこ)
正食協会クッキングスクール校長。
結婚以来、義母である初代正食協会会長夫人・岡田楚代氏について、マクロビオティックを学ぶ。
現在、大阪、九州、その他各地の料理教室で指導に当たる。
著書に『正食料理法入門』『正食野菜料理百科』『おやつレッスン』など。

精進料理と正食
マクロビオティックとは

まさとみ☆ 精進料理は僧侶のための野菜だけのご飯だと思っていたのですが。実際に精進料理とはどういうものなのですか?

松原 確かに、本来は修行僧のための食事を指します。でも、精進料理の本来の意味とは、店で買ってきたものではなく、野に生えているものを食べる。このことだと思います。
 私は一般の家に生まれ、田舎の寺に小僧として来て、師匠から「自然のものを食べることが大切である」と教わりました。
 そして、「その土地で生ずる水、植物や生物とともに人間が成長することが大切であることをいつも覚えておけ」と言われました。まさに、その気持ちこそ、精進料理なり食品を扱う方々が心しておかねばならないことだと思っています。
 大切なのは、ものを生かすこと。大根、人参は皮やクズも使うのです。人参のクズみたいな部分でも、けんちん汁にして食べるとご馳走です。色々なもののエキスが凝縮して格別です。

まさとみ☆ それでは、マクロビオティックとはどんなものなのですか?

岡田 私達のところではマクロビオティックのことを正食と言っております。正食の食事は一物全体・身土不二という言葉で表現いたします。一物全体というのは、食材をより自然な状態で丸ごと食べるということ。自然な状態の食材は陰と陽のバランスがあるため、丸ごと食べることで陰陽のバランスの取れた食事ができるのです。
 身土不二というのは、人間の身体と大地という環境は一体となっているという意味です。そこに住んでいる環境や季節に合った食材を中心にとります。まさに、松原さんがお話下さった精進料理の考えと同じですね。

喜心・老心・大心
その意味とは?


まさとみ☆ 平成20年4月16日から21日の間、永平寺にて永平三世徹通禅師七百回御遠忌が「喜心・老心・大心」の三心を主標にして報恩顕彰が行われると聞きました。その、「喜心・老心・大心」とは一体どういう意味なのですか?

松原 道元禅師が書かれた『典座教訓』の中に「喜心・老心・大心」が書かれています。『典座教訓』というのは、禅の修行道場で食事作りをする典座職のためにお示しになられた書物で、食べ物を調理する人の心得として読み継がれてきたものです。

まさとみ☆ 食に関する日本古来から伝わるバイブルといえますね。まず、喜心とはどういう意味なのですか?

松原 『典座教訓』には「喜悦の心を生ずべし」と書かれている。これは人間に生まれてきたことをまず喜びなさいということです。今、色々な問題があって「こんなところに生まれてくるんじゃなかった」なんて言う親不孝者がおるけれど(笑)、人間に生まれてくることは容易ではないのです。その命を全うすること。そして、体が弱っていたり、年老いた人に対して、いつも温かな気持ちを持つこと。その気持ちはもちろん、人間だけでなく全てのものに対してです。それが喜悦の心、つまり喜心なのです。
 スズメなどの小動物は自分の子供が巣から落ちたりすると、命がけで猫などを追っ払うでしょう。何も代償を求めず、無償の愛で。まして人間においてはもちろんのこと。それを道元禅師は「親念切々の情」と説かれた。「親念切々の情」で料理を作る。そして、食べる時はもちろん、ご馳走を頂いて嬉しい、ありがたいというこころを持ち、いただきます、ごちそうさまと言う気持ちが喜心なのです。

まさとみ☆ それこそ早食いなんてダメですね。まさに、良く噛んで食べることに繋がるのですね。それでは、老心とはどういう意味なのですか?

松原 親が子供を思う、何の見返りも求めない気持ちを老心というのです。私はよく「訪ね来る人には微笑みを、去り行く人には幸せを」という言葉を使います。 意見が衝突したり喧嘩をした相手に対しても、「アイツは罰当たりだから谷底へでも転がり落ちてしまえ!」なんて思ったりしてはいけない。喧嘩別れした相手にも「どうか良い人生を、幸せになって欲しい」と思うのです。仏教では誓願と言いますが、誓願を持つことが老心なのです。
 今日はビールが美味いからもう一杯飲むかなんて、ついつい飲みすぎてしまう。それを貪りという。適当にサッとやめるだけの力を持たないといかん。腹を立てたり、愚痴をこぼしたり。そういう言葉や気持ちをきちんと調えるという意味も老心には含まれているのです。

まさとみ☆ ついつい食べ過ぎてしまったり、愚痴をこぼしてしまうので、反省です。

松原 反省することは必要ですよ。だからこそ、前に進むことができるのだから。正という字は一を書いて止まると書く。では、何処へ止まるかだ。一歩進んで、「これでいいのか? これで間違いない」と確認する。その一歩が十歩になり五十歩になる。もし分からないことに直面したら、本源を尋ねてみる。川だって、山の一滴一滴の水が集って大河になっていくのです。本源を尋ねて、それが何か分かれば、人間は気持ちをやり直すことが出来るでしょう。正とはそういう意味を持つ字なのです。

岡田 まさに、そうですね! 正食というと、何が正しいのですかと聞かれた場合、必ず正と邪という言葉が出てきてしまっていたのです。肉食よりは体が整う野菜のほうが良いという話をしますが、「それでは肉が邪になるのですか」という質問には、正直困っておりました。
 しかし、日本人がずっと続けてきた食のルーツを辿ってみたとき、やっぱり正食という考えは正しいと感じたのです。

松原 そうです。人間の心構えは一からなのです。

岡田 食について一歩進み、周囲を見ながら止まり、もう一歩進んでいく。正食という言葉を再認識させて頂きました。

まさとみ☆ それでは、大心について教えてください。

松原 こんな言葉があります。「大山のごとく、大海のごとく、八風吹けども動ぜず」。人生には色々な波風があり、また喜びや悲しみ、人には言えない苦しみがあります。でも、何があろうと山のように泰然自若としていなくてはいけません。日本海や太平洋といった大きな海や、谷川のせせらぎでチョロチョロと流れるものもある。その大小に関係なく、それらが雨になり田畑を潤おし、人間の飲み水となるのです。千変万化して大自然を支えている海のように、自分の信念を持って生きなさい。それが大心なのです。

まさとみ☆ 大心とは自分の信念をしっかり持って、決めたことは貫き通すということですね。

松原 喜心、老心を忘れたら駄目だ。大心ばっかりじゃ、ワガママになっちゃっていかん(笑)。

成人病をふせぐ
料理を見直す


まさとみ☆ 実は今朝4時に起きて、永平寺の朝修行を見学に行ってきました。その時、永平寺内を案内して下さった修行僧の方から、食事全般を任されている典座という修行は永平寺修行の中でも一番厳しくて辛い修行で、修行僧の起床時間である朝3時半より2時間も早い1時半に起床すると聞きました。松原さんは長年、その典座で修行をなさっていたと伺いました。

松原 仏様にお供えするのだという気持ちで作らせてもらう。修行する方々にもこれを頂いてもらうのだと思いながら作らせてもらう。決して、面倒くさいなんて気持ちを起こしたらダメです。
 私達の時代は、大きな鍋で薪を燃やして作っておりました。今はいい米があるけど、昔は砂や石が混じっていた。わずか一粒二粒の砂が混じるだけて味が壊れてしまうから、米を洗うのが大変だったなぁ。
 胡麻豆腐を作るにしても、一晩胡麻を水に浸けて、胡麻の皮を皮をとる作業。ザルにあげて水を切り、すり鉢に入れて皮をとり水で洗う。この作業を何度も何度も繰り返すのです。
 そして今度はすり鉢で根気よく磨のです。次に葛を入れて丹念に練り上げていく。私が作った胡麻豆腐は天下一品(笑)。胡麻豆腐だけでなく、料理すべてを丁寧に丁寧に行うことが、料理の根本ですね。

まさとみ☆ 岡田さんはホテルへ正食の講師として行かれたと伺いましたが。

岡田 ホテルではアトピーや糖尿病など体の不調を訴える方が宿泊され、そういった方々への食事を試行錯誤しているそうです。従来の、これでもかというご馳走ではなく、体が弱っていると感じているお客様へ提供できる正食をメニューにしたいということで、講師の依頼を頂きました。

まさとみ☆ 実際にどういったメニューを指導なさったのですか?

岡田 必ず季節の食材と皮を向かずに作るお料理。そして調味料にはバターやチーズを使わないもの。今までのレシピでは同じ味が出ないからと、料理長達が一週間前から仕込んで準備して下さっていました。

まさとみ☆ 代用品ではなく、全く違う調味料を使って旨味を引き出し、新たな料理を作ったということですね。本当に手間ひま掛けたものですね。こういった料理を食べたら、日本人はみんな元気になりますね。

岡田 平和の和という字は「禾」に「口」と書く。お米を食べる民族はとても穏やかなのです。

まさとみ☆ 肉中心の食生活になり、成人病に悩んでいる日本人が急増していますね。肉を食べると、イライラすると聞いたことがあります。

岡田 やっぱり消化できないから、イライラしますよ。牛の体温って何度だかご存知ですか? 40度です。人間の体温である36・5度では、お肉の脂を溶かして消化することが出来ないのです。

松原 今はハウス栽培などで、春夏秋冬いつが旬のものなのか分からない。だけど、旬に出来たものが香りも味も一番美味しいね。

岡田 旬のものを食べるには、ちゃんと理由があるのです。春は植物にとって繁殖の時期なのです。大根の葉や双葉には、成長に必要なたんぱく質がとても多く含まれているのです。夏を迎える前に、しっかりとした体を作るために、人間にとっても春はたんぱく質がとても必要なのです。夏になると植物は成長期。もちろん、人間も成長期です。そこで、成長した青菜を頂くことで、人間も成長していきます。秋になると、自然界のエネルギーは下降するので、エネルギーを地面に蓄えるようになります。人間も冬に備え、エネルギーを蓄えたいので、根菜を頂く。これは人間の体と土はひとつですよという身土不二という表現になるのです。
 日本人は今まで何気なくやってきました。戦後、栄養学が入ってきたために、ビタミンCやたんぱく質など栄養素で分析されるようになり、旬のものを食べる習慣が崩れてしまい、季節外れのものでも平気で食べるようになってしまったのです。昔の人は知っていたのだけど、今の人達は全部忘れてしまって、それを子供に伝えていないのが問題ですね。

松原 春先に田んぼに生えるヨモギは摘んで乾燥させて団子にしたね。ヨモギは体内の毒素を排泄してくれるので、冬に溜まった毒素を出してくれるのです。まさとみ☆ 春夏秋冬で取ると良いものってあるのですか?

岡田 春は苦味のもの。ヨモギはとても苦いでしょう。

まさとみ☆ 苦味にはデトックス効果があるのですね。それでは夏にはどういう味を取ると良いのですか?

岡田 夏は酸味。酸味は体を冷やす効果があるのです。夏バテを防ぐために体を冷やします。キュウリもみの酢の物が美味しいでしょう。キュウリは体の水気を排泄してくれる働きがあるのです。体の中の水気を出して、秋に向けて冷えない体作りの準備もできるのです。そして、秋は甘味。

まさとみ☆ 糖分を補給して冬に向けてエネルギーを蓄えるためですか?

岡田 その通り。そして冬は辛味。ピリピリと辛い意味ではなく、塩辛いほうの辛味。人間は塩分が不足すると体が冷えるのです。秋のうちに準備したお漬物などの貯蔵物はすべて塩辛いでしょう。

まさとみ☆ 人間の体のサイクルに合わせ、実に理にかなっているのですね。この味付けは精進料理でも同じですか?

松原 そうですね。かといって、冬だから塩辛いものばかり食っちゃいかんがね(笑)

日本人の智恵を
食生活にとり入れる


松原 40年ほど前、私は熊沢禅師という方の側に3、4年おりました。この方は生涯清浄の生活を送られた方で、96歳でお亡くなりになった。何処へ行くにもお供をしておりまして、ある時、醤油作りをしている方のところへ行ったのです。醤油作りの方に「美味い醤油が出来るか」と尋ねたところ、彼「なかなか難しいです」と答えた。その彼に、熊沢禅師はこう仰ったのです。「塩梅ってあるだろう。塩加減ひとつで、ご馳走は美味くなったり不味くなったりする。醤油や味噌は人間の生活に欠かすことのできないものだからこそ、美味しいお醤油を作って、みんなに売ってあげなさい」
 確かに、どんなものを入れようが、塩加減ひとつで味が引き立ったり駄目になったりする。小豆のあんこだって砂糖ばかりじゃ駄目で塩を入れると甘味が増すでしょう。私は、決して良い調味料ではなく、いつも周囲にあるものを生かして使います。

まさとみ☆ 精進料理や正食はお肉を一切食べないと聞きましたが、お肉を食べなくても元気な体でいられるのですか?

松原 いろんな野菜、いわゆる生粋のものを食べているから元気です。そのものの味を捨てずに食べればよいのです。

まさとみ☆ そのものの味を捨てないとは?

岡田 あく抜きはしません。

松原 あく抜きをすると旨味がなくなるね。

岡田 正食では、あく抜きという言葉はありません。あくを調和させましょうという表現を使います。ごぼうなどあくの強い野菜でもそのまま頂きます。皮ごとポンポン切って、水を入れた鍋に入れたらごま油をちょっと入れて火に掛ける。これを蒸し煮と言います。あくは高温が加わることで旨味にかわるのです。

松原 最近は食卓に季節感がないのは寂しいですね。

岡田 今の若い人は四季の美味しさを知らないで過ごしてしまう。それはとても可哀想なことです。 コアラはユーカリの葉を食べますが、ユーカリの葉は毒性が強く、食べられる種類は少ないんですって。赤ちゃんコアラは母親がユーカリを食べて出した便を食べ、ユーカリの葉のニオイを体にインプットさせ、それからお乳を飲むんですって。人間だって、赤ちゃんは穀物を食べているお母さんのお乳を飲んで穀物のニオイを体にインプットさせているのです。でも、肝心のお母さんの食生活が乱れてしまっているから、子供の味覚が崩れてしまっているのです。

まさとみ☆ 食生活が本当に乱れているから、アトピーや成人病で苦しむ人が急増していますね。

松原 お母さんが自分の作ったご馳走を子供に食べさせない。やっぱり、自分の手で作ったものは美味しいもの。同じ材料を使って同じような分量で作ったとしても、十人十色の味が出る。おにぎりだって、手で握るから美味しいのだよ。手からいろんなエキス、旨味が出てくるんだ。ナイロンの手袋なんてして握ったおにぎりなんて、ちっとも美味くない。

岡田 健康な人の気が入ってこそ、美味しいおにぎりになるのです。

松原 手料理には、人間の霊力というか不思議な力が自然に出るのですよね。

まさとみ☆ それでは実際に、日常生活の中でどうしたら精進料理や正食を献立の中に上手く取り入れることが出来ますか? 何か基本の形があったら教えてください。

松原 一番手っ取り早いのは、一汁三菜だな。煮物、酢の物、そして揚げ物。それに汁物をつける。味噌汁ばかりじゃなく、澄まし汁にするとかね。一般の家庭なら、おかず三品のうち一品はお肉や魚を入れて良いから、野菜の煮物を付けたり、胡麻和えを添えたり。野菜も一緒に取ってもらえるように、主婦の知恵で作ったら良いと思うね。

岡田 今の人は食に関する情報が錯綜していて、とても迷っていますね。一日三十品目食べなきゃいけない、動物性のものを食べなければ体力が付かないとか。
 ご飯にはたんぱく質がたくさんある。ひじきにもカルシウムは豊富に含まれているのです。日々の生活の中に栄養がバランス良く入っているから、わざわざ三十品目にこだわって食べなくても大丈夫ですよ。松原さんが仰ったように、汁物と三品でもう十分。私達にしたらご馳走です。

松原 今、電子レンジがあるでしょう。サッと簡単に出来るけど、やっぱりコトコトと煮込んで欲しいです。それも、ただ柔らかくなれば良いじゃない。時間をかけて煮込んでいくうちに、野菜がお互いに仲良くなって、味がうまくなってくると思うね。

岡田 野菜のカリウムと調味料である塩のナトリウムがドッキングしていくのに、20〜30分はかかるのです。その時間を今の人は待てないから電子レンジでチンするのですが。手塩に掛けた煮物は本当に美味しいです。

まさとみ☆ ちなみに、どんな調味料を使うのですか?

岡田 まさに、昔からある調味料です。酒、醤油、塩、味噌、酢。砂糖は使いません。
たまに黒砂糖を使いますが、かぼちゃなど甘味を持っている野菜の良さをそのまま引
き出したいので。

松原 野菜には旨味がたくさんあるからね。精進料理では砂糖は使うけれど、あまり
多くは使わないね。

まさとみ☆ 味噌汁のだしはどうしているのですか?

松原 お客様へは昆布でだしをとりますが、普段は使いません。

岡田 私達もおもてなしには昆布だしを使いますが、家庭料理では水だけ。野菜の旨味だけで作ります。カツオは使いません。

松原 それぞれの味が融和して、美味しくなるのですよね。電子レンジでチンなんてするから味が悪くなる。

岡田 お野菜だけの味噌汁を飲んでいると、かつお節やジャコが入っていると、生臭いニオイが気になってしまって。慣れって怖いなって思うのですが。

松原 煮たり焼いたりというのは人間だけの文化でしょう。先祖が育ててくれた文化を我々はおろそかにしないよう、ずっと守っていくことが必要だと思いますね。

まさとみ☆ 食べ物はまさに命の源。美味しいものを美味しいと言って食べてこそ栄養になるけれど、不味そうに食べては全く栄養にならないとも言いますものね。
 喜心、老心、大心をもってすべてのものに感謝し、手塩にかけた手料理を美味しく頂く。食について、もう一度向き合ってみようと思います。本日はどうもありがとうございました。

(平成19年9月27日永平寺にて収録)