人生の糧になる仏教のことば


実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。
怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である

作家 立松和平


怨みの連鎖を断ち切るものは……

 これは「ダンマパダ」のお釈迦さまの言葉です。パーリ語で書かれているのを、中村元先生が直接日本語に訳したものです。日本に伝わった仏典は、ほとんどが一度中国語に訳され、改めて日本読みに直されたために、どこか硬い言葉になっています。このように原典から直訳されると、漢語の影響はまったくないために、柔らかな語感になります。これが中村元先生の訳された経典の特徴ということになります。
 「ダンマパダ」は漢訳では「法句経」といい、原始仏典では最も親しまれている聖句ということができます。これら原始仏典は、お釈迦様御自身が弟子に向かって説いた実際の言葉に、最も近いとされています。お釈迦さまは仏の教えを説くのに、決してむずかしい言葉でお話しになったのではないということです。お釈迦さまがお説きになった内容を仏教というのですから、仏教の本質とはこのように平易ということなのです。
 ここに説かれているのは、因果の法則です。すべての出来事は、因(原因)に縁(条件)が作用し、果(結果)が生まれるということです。因も縁もたえずうつろっているから、果も一定しません。
 もし人を怨んだとして、その怨みの仕返しをしようとすれば、されたほうに怨みが生じ、また仕返しをやり返そうとするでしょう。そうやって怨みの連鎖が際限もなくつづいていきます。しかし、最初の原因である怨みを取り除いてしまったら、怨みの連鎖は起こるはずもありません。
 怨みを向けられて、それに愛でこたえたならば、今度は愛の連鎖が生まれます。つまり心の持ちようによって、現在の状態はどのようにでも変わると、お釈迦さまはお説きになっているのです。