禅に惹かれた人々
坐禅で結ばれたご縁・坐禅に導かれた人生

大田大穣師(現永平寺監院)に導かれ寺庭婦人となった
西尾尚子さん(34歳) 鳥取県境港市 補岩寺


「坐禅による自己探求、そして坐禅が導いてくれたご縁で、今の自分があるのです」。
 そう語るのは、鳥取県境港市建徳山補岩寺寺庭婦人である西尾尚子さんだ。彼女を坐禅の世界へと導いたのは今年86歳になる彼女の祖母荒木アサヲさんである。
 高校受験を控えた中学3年の冬。尚子さんは受験勉強に集中するため、祖母の家に3カ月間下宿をした。下宿の条件は、毎晩30分間、祖母と一緒に仏壇の前でお経を唱えるということ。尚子さんの祖母は非常に信仰心の篤い方で、朝と晩、毎日必ず仏壇を拝む生活を続けていた。
 高校進学を果たし、自宅でいつもの生活に戻った尚子さん。しかし、祖母の家での生活は心が非常に穏やかだったことに気づく。
 「この感覚は何なのだろう?」
 そう思うと、毎週土曜日にどこかへ出掛ける祖母の行き先が気になる。どこに通っているのだろう?
 行き先は祖母の家から歩いて15分のところにある長崎県長崎市皓台寺専門僧堂の坐禅堂だった。祖母ははじめ、長崎県諫早市天祐寺、須田道輝老師のもとで参禅していたが、家からは遠いので、近くの皓台寺で参禅するようになっていた。
 高校一年生の夏。祖母が通っている皓台寺の坐禅堂へ初めて足を運んだ。日常生活では実感することのなかった、坐禅の時間と空間に尚子さんは惹かれた。
 最初は2〜3週間に一度のペースだった坐禅堂通いだが、続けていくうちに毎週行きたいという思いが強くなる。
 「坐禅している時間は私にとって非常に大切な時間でした。自分では平和に過ごしているつもりだったけれど、漠然とした将来の不安、決められた人間関係の中で過ごしていることに気付きました。自分は自分に対して自由で責任なく、感性のままで生きていると気づかされた時でもありました」。
 高校・大学一貫のミッションスクールへ進学した尚子さん。高校での、お祈りの時間に感動したという。
 「私のそれまでの日常生活には全くなかった?祈る?という時間に感動したと同時に、とても癒されました。これはとても大事だと思いました。」
 土曜日はお寺へ、日曜日は教会へ行く日々が始まった。高校3年の時、祖母と一緒に長崎県諫早市妙本寺の摂心(2泊3日の坐禅会)へ参加する。この体験が、尚子さんを更なる坐禅の世界の虜にしていった。
 「週一回の坐禅では物足りない。もっと長く坐れるところがあったら行きたい。」
 普段坐禅に通っている皓台寺で、12月1日から7日に行われる摂心へ参加をした。
 摂心とは、お釈迦さまが難行苦行の果てに、それをお止めになり、菩提樹の下で一週間坐禅されたのち8日目の明けの明星を見て悟りをひらかれたということに因み、修行道場では毎年行われる行事である。
 皓台寺では朝3時半から夜9時までずっと坐禅を続けるもので、尚子さんは学校がある時は夜7時から9時まで、休日は終日坐禅を組んだのだ。
 「変な言い方ですが、坐禅は続けて坐ると、もっと坐禅ができるのです。続けて坐ることで集中が深まると、自分が坐禅しているという感覚やそこにいるという感覚がない。自分を忘れてしまう。心の中に引っかかるものが何もない。足も痛くないのです」。
 時間が気にならなくなり、1時間が5分の感覚になったという。
 「雑念はストレスが形になったようなもの」と感じた尚子さん。その日以来、尚子さんは自宅でも線香を焚いて30分間の坐禅を始めた。
 「自宅だけでの坐禅では、我がでてきて自分の都合坐禅になってしまう。やはり、指導者の下でも坐禅をしなければ駄目だと痛感しました」。
 毎週土曜日の坐禅堂通いと同時に、大学ではYWCA(聖書研究会)に入部する。
 「当時の私は、坐禅はとても好きですが宗教や信仰心ではなく道場感覚でした。信仰心とか仏教にのめりこんでいると思われるのが嫌だったのです。仏教徒、キリスト教徒にこだわらず、色々な文化や宗教観を知りたい。自分の目で見て体験したいと思いました。」
 大学4年の夏。尚子さんは福井県永平寺での3泊4日の参禅研修へと参加した。そこで彼女の中で更なる坐禅の魅力を体感したのだ。
 「坐禅の大切さを教えられた道元禅師の開かれた永平寺で坐禅をする素晴らしさを実感しましたし、参禅研修最終日に突然自分の中に別の自分を感じました」。
 それから4年間。社会人になってからも、永平寺の参禅研修に参加し続けた。12月の摂心になると、祖母の家に泊まり、朝2時45分に起きて二人で皓台寺へ一週間通った。
 「その時堂長だった大田大穣(現永平寺監院)老師は、いつも温かく見守ってくださり、親しくしていただきました。大田老師の存在は、私にとって私生活においても大きな励みとなりました」。
 坐れるならどこにでも行ってみたいと強く願う尚子さんに、妙本寺の吉谷大憲老師は、熊本県聖護寺を紹介する。
 実際に聖護寺へと足を運んでみると、まさに山奥の山寺で電気もガスもない環境。周囲には世間音が一切なく、夜はろうそくとランプの灯だけ。
 「ここなら落ち着いて坐禅ができる」。
 そこでただひたすら坐禅を組んだ。夏、そして3月のまだ雪の降る時にも聖護寺へと坐禅を組みに行った。あまりの寒さに、毛布をかぶりながら坐禅を組んだ。
 ある年、永平寺の参禅研修へ行くと、祖母の知人の僧侶が永平寺に安居しており、その方から、愛知県常宿寺の岡本光文という尼僧で御袈裟の裁縫の先生を紹介してもらう。
 行動力のある尚子さんは導かれるままに、常宿寺の裁縫会へ行った。その時、坐禅を組む時に首から下げる絡子を初めて自分の手で縫った。
 家に持ち帰った絡子を、祖母の菩提寺である諫早市天祐寺の須田道輝老師の所に持って行き、絡子の裏に言葉をいただいた。
 一心坐断 十方欣開「この絡子に書いていただいた言葉は、私の人生の目標です。」
 現在、尚子さんは補岩寺の住職でご主人の西尾修道さんを支えている。脩道さんとは、妙本寺の坐禅会で出会った、まさに坐禅のご縁なのだ。
 「これまで私にいろんなお寺を紹介して下さったり、坐禅の指導をして下さったお坊様方は皆さん本当に魅力的です。考え方が常識だけにとらわれておらず、非常に自由。本当にありがたいです」。尚子さんにご自身の夢を聞かせてもらった。
 「私は幸せなことに、これまでご縁をいただいてきたお寺は、葬式や法事の為だけのお寺ではありませんでした。お布施も信仰心も持っていない私を無条件に受け入れて坐らせて下さるお寺でした。お寺は生きている人のため。その人の心のためにあるべきです。毎日、朝6時から坐禅会をしています。一人でも多くの方に坐禅のご縁のお手伝いをさせて頂きたいですし、子供が集まったり、フラリと遊びに来て、お茶を飲みに来てもらえる。そんなお寺でありたいです」。
 坐禅でのご縁を大切にし、そして自らの人生の糧にしている尚子さん。彼女の自然体な笑顔は本当に優しく、輝いており、そしてなにより美しい。