仏心を育てる
─神奈川県下で40数年ぶりにオープンした児童養護施設「手まり学園」─
社会福祉法人輝雲会 理事長 藤木隆宣氏
児童養護施設『手まり学園』園長 藤木宏子氏
みなさんは児童養護施設という存在をご存じだろうか? 児童養護施設とは、児童福祉法に定められた児童福祉施設の一つ。予期できない災害や事故、親の離婚や病気、育児放棄や虐待などの理由で家庭での養育が困難な子供達が、18歳になるまで健全で健やかな環境の中で生活するための「家」である。日本国内には、568施設ある(平成20年3月末厚生労働省調べ)。我が子に危害を加える犯罪が急増している今、児童養護施設に対するニーズは高まっている。
2009年4月1日、神奈川県愛川町に社会福祉法人輝雲会愛川すくすくステーション『手まり学園』が誕生した。神奈川県では26番目の施設である。神奈川県に新しい児童養護施設ができたのは、実に40年数年ぶりだそうだ。
『手まり学園』は、社会福祉法人輝雲会藤木隆宣理事長、そして夫人の宏子園長が二人三脚で立ち上げた施設である。隆宣氏は福井県越前町の曹洞宗・臥牛院住職であり、この『曹洞禅グラフ』発行人だ。
2009年3月25日に行われた開所式には、150人以上の方々がお祝いに駆けつけた。愛川町町長の山田登美夫氏、手まり学園の象徴である正面玄関のモニュメントや看板などを製作した彫刻家八木麟太郎氏。また、参議院議員山谷えり子氏からの祝電など、地元の方々を中心に実に華やかな顔ぶれによる開所式だった。
定員は五十人だが現在、17人の子供たちが元気に生活をしている。
開所までの道のりは、決して順風満帆ではなかった。藤木夫妻は、先代彰隆・八重子夫妻が自坊の臥牛院本堂を解放して昭和27年にスタートした保育園を引き継ぎ運営している。平成15年、神奈川県旧城山町(現在は相模原市)にも保育園を設立しようと奔走した。しかし、城山町と相模原市合併に伴い、計画は白紙に。その熱意を知った神奈川県庁の保健福祉部児童養護班から、児童養護施設設立の要請を受ける。打診された時は不安があったものの、児童養護施設が全く足りず、劣悪な環境下に置かれている子供たちの現状を知り、児童養護施設設立を決意。いざ決意したものの、地元住民からは児童養護施設が子供たちの更生施設だと思い反対する声も少なくなかった。誹謗中傷も受けたという。粘り強く何度も重ねた説明会と周囲からの協力、そして藤木夫妻の熱意と思いが伝わり、今では愛川町住民のみなさんからの信頼と力強いバックアップを得て、手まり学園開設となったのだ。
そんな藤木夫妻には里親の顔も持つ。
「仏教を社会に生かしたい。仏教の尊い考えは慈悲の心。一人でも多くの子供に慈悲の心で接していきたい。」
昭和63年、自分達の心にある慈悲の心を具現化したいという思いで、2人の我子と共に姉弟2人の里親をスタートした。
共に生活する中では問題行動を起こしたり、毎日トラブルがたえなかった。その度に、こまめに教えていった。心の奥底には「どうにかなる! 自分の思いがいつか必ず通じる!」その思いだけで突き進んだ。
現実は毎日大変なことが多いが、里親を辞めようと思ったことは一度もなかったという。
藤木夫妻の元から2人の里子が巣立ち、現在も高校1年生の里子がいる。
「自分がしている行動は僧侶の妻として当たり前のことです。」
そう語る宏子さんの慈悲の心には、最愛の父との別れが大きな存在を占めている。小学校6年生の時、父を病気で亡くした宏子さん。家業であるお菓子問屋の仕事で忙しい母親の代わりに3人の弟の面倒を見る生活。母親と一緒にお寺へ父親の墓参りに行くのが彼女の楽しみだった。「お教を読むと僧侶の方が褒めてくれたのです。それから仏教が大好きになりました」
宏子さんにとって、仏教は欠かせない心の拠り所になっていた。この時から、お寺へお嫁に行こうと思っていたそうだ。そして、学生時代から仏教の勉強会へ足繁く通った。
その後、知り合いからの紹介で隆宣さんと結婚する。隆宣さんは駒澤大学時代から児童教育部に所属し、寺で開催される日曜学校へ足を運んだりと「子供たちに仏教に親しみを持ってもらいたい」という思いで精力的に活動をしている。まさに、出会うべくして結ばれた二人なのだ。
2009年4月。里親から児童養護施設へと、家族の輪がさらに大きくなった。
「神奈川県との交渉など、法人として全てを取り仕切ってくれたのは理事長です。」
宏子さんの思いを具体的な形にしたのは、隆宣さんである。
夫唱婦随の藤木夫妻。慈悲の心と行動力により、児童養護施設「手まり学園」ができた。
手まり学園の名前は、良寛様に由来している。「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と解釈し、子供たちを愛して積極的に遊んでいた良寛様が、常に懐に入れていた手まりから名付けたという。
手まり学園は少人数グループによる家庭的な養護を基本にしています。「共に住む」ことで子供たちはより多くの人びととの係わりを通して心豊かに成長することができると思います。一人ではできなかったことでもみんなとならできる。心の弱さに打ち勝って仲間を思いやる人間に育ってもらいたいです」。
藤木夫妻の里子として育った青年は今、手まり学園の職員として藤木夫妻を支えている。
「思いは必ず届くのです」。そう語ってくれた藤木夫妻の穏やかで優しい笑顔は、まさに現代の「良寛」である。夫唱婦随の藤木夫妻の大きく深い愛情で、これからもずっと子供たちを見守り続けてくれるだろう。
取材・まさとみ☆ようこ