秋彼岸特集
お彼岸と四枚の般若

永平寺名古屋別院監院 井上義臣



昭和40年、駒澤大学仏教学部卒。昭和40、41、42年の3年間、永平寺へ安房。平成20年まで35年間、花井幼稚園園長。
修證義、観玄経、露門、葬儀聖典など、経典の口語訳。温故知要、叢林、回向集など、著書四十数冊。研修会講師などで各地へ出講。
公職は永平寺別院監院。滴禅会代表幹事(室内住職学)。趣味は囲碁、旅行、墨跡蒐集


4つの尊い行 それが四枚の般若

 年中行事のひとつとなっているお彼岸ですが、一体どんな行事なのかご存じでしょうか?
 何気なく耳にしている修證義には、一体何が書かれているのか知っていますか?
 今回は、身近でありながらよく分からないお彼岸の意義について、大本山永平寺名古屋別院監院・愛知県豊川市花井寺住職の井上義臣老師に分かりやすく教えて頂きました。
 お彼岸がわたしたちの遺伝子の中に脈々と息づいているのは?
 旅立つ人に戒名を付ける理由は?
 仏教って楽しい。そんな気持ちにさせてくれるお話をたくさん聞かせて頂きました。


日願から彼岸へ

【まさとみ☆】毎年、お彼岸になるとお供え物を持ってお墓参りへ行きます。実際にお彼岸とはどんな行事なのでしょうか?

【井上】お彼岸のルーツは、太陽崇拝ですよ。

【まさとみ☆】太陽崇拝ですか?

【井上】そう。太陽というのは、自然現象の代名詞。その中で、一番目立つものですから、その太陽に祈願をすることを日願(ひがん)と言ったのです。

【まさとみ☆】日願ですか?

【井上】大自然の代表がお天道様で、お彼岸には太陽は空の一番真ん中を通る。昔は仏教精神を表すのに「中道」という言葉をよく使いました。それに当たるわけですね。

【まさとみ☆】中道とは、どういう意味なのですか?

【井上】真ん中の道。つまり、一番正しい道という意味でしょうね。

【まさとみ☆】なるほど。わき道にそれないで、まっすぐという意味ですね。

【井上】ぶれない、とも言いますか。お釈迦様の教えは、真っすぐな絶対の正しい道、それが中道です。彼岸には太陽が空の真ん中の道を通り、昼夜の長さがまったく同じとなるので、中道とイメージが重ね合ったのでしょう。

【まさとみ☆】今は日願ではなく、彼岸と書きますが、なぜなのでしょうか?

【井上】仏教信仰の深まりの中で変化したのでしょう。お彼岸の期間は一週間。これはお百姓さん達が田植えを始める前、あるいは稲刈りを始める前の精進潔斎期間が彼岸でしょう。

【まさとみ☆】精進潔斎ですか?

【井上】心を清らかに保って、身を慎む。それが彼岸。あちら岸は理想の世界です。お百姓さんで云えば、農耕を始める前にお天道様に身を慎んでお参りし、豊作を祈願する。
 神道だったら禊ぎで身体を清めるよね。だから、一番大事な農耕が始まる前に、一週間慎んで祈願をした。その祈願の対象がお日様や仏様、またはご先祖様であったのだと思います。

【まさとみ☆】なるほど。だからお彼岸の期間は一週間なのですね。生活にはなくてはならない行事がお彼岸だったのですね。

【井上】日本は農耕民族だからね。遊牧民なら獲物を求めてどこかへ行けるけれど、我々は定住生活ですから天地の恵みがなくては生きていけないのです。

【まさとみ☆】昔、親から「お天道様に恥じないように」と言われました。これはきっと、お天道様が神聖なものととらえているからこそなのですね。

【井上】神話の起源が太陽信仰から発展した天照大神だから。お天道様とイメージが重なります。

【まさとみ☆】お彼岸というと、ご先祖のお墓参りだと思っていました。

【井上】結局、自分の力の及ばないところは天地の恵みのお陰だし、自分が存在しているのはご先祖のお陰だからと、お参りが始まったのだと思います。いくら頑張っても、自分の力では知れているものね。

【まさとみ☆】そうですね。

【井上】天地有然の代表たるお天道様、そして子孫を守ってくれるのはご先祖様しかありませんからね。

【まさとみ☆】日願から彼岸。彼岸という字になったのは、何か意味があるのですか?

【井上】ご先祖のいらっしゃるところ、仏様のいらっしゃるところが三途の川の向こう岸でしょう。彼方の岸は理想の世界だから彼岸というようになったのだと思います。

四枚の般若

【まさとみ☆お彼岸で必ず読まれるお経。そのお経には、一体どんなことが書かれているのですか?

【井上】お彼岸で読む般若心経には、簡単にいうと修行すべき六つの行が書かれています。布施、技戒、忍辱、精進、禅定、智慧ですが、私共の修證義では、それを在家の皆様にも分かり易く四つにしました。それを「四枚の般若」と言います。

【まさとみ☆】どんな行なのですか?

【井上】修證義第二十一節に、以下のことが書かれてあります。
  衆生を利益すといふは
  四枚の般若あり
  一者布施
  二者愛語
  三者利行
  四者同事
  是れ即ち薩?の行願なり
 つまり、人々の為になる四つの誓いです。ほどこしの心『布施』。いつくしみの言葉『愛語』。親切な行い『利行』。他と同ずる心『同事』。以上が四枚の般若です。四摂法ともいいます。お彼岸は特にこの四枚の般若に励むという意味で、お経をあげるのです。

【まさとみ☆】お布施が一番最初に書かれているのですね。布施の心って難しいですね。

【井上】人間は欲があるからね。だからこそお布施です。

【まさとみ☆】しかし、あたかも自分がお布施をしました! っていうと、ひけらかすような気がして違和感を感じてしまいます。

【井上】「お布施させて頂きました」と言えば良いのです。お布施っていうと、ついついしてやったって感じになりがちでしょう。そうではなく、させて、頂きましたと思う。そうすれば、皆が幸せになる。そして、そのお布施は必ず自分に戻ってくる、頂けるのです。世の中の事はくるくる回っているのです。

【まさとみ☆】お布施が一番重要なのですね。

【井上】お布施は別にお金とは限りませんよ。愛語ってあるでしょう。ニコニコッと笑うこともお布施なのです。

【まさとみ☆】それなら、私でも出来ます。

【井上】ニコッと笑うのも、顔のお布施なのですよ。貴女ならピッタリだ。

【まさとみ☆】笑顔もお布施だと思うと、自分でも実践できるなって思います。挨拶も愛語になりますね。
三番目の利行とはどんなことですか?

【井上】親切ですね。お茶を出してくれただけでも親切だろうし。ご飯を食べ終わった後、片付けやすいように檀那さんが食器を重ねてくれると助かるじゃない? 簡単なことから行えばよい。それからです。修證義布施の項に「治生産業固より布施に非ざること無し」とあるように、毎日の生活を意識して過ごせば、なんでも布施になるのです。

【まさとみ☆】身近な事から出来るのなら、自然にしたくなりますね。

【井上】どんな仕事をしていても、何をやっていても、その気持ちに布施、愛語、利行、同事が入っていれば良いのです。

【まさとみ☆】同事とは具体的にはどんなことですか?

【井上】協働です。どんな仕事でも、一人ひとりバラバラではなく、全員でいつも行いを合わせるということです。頭の中であれこれ理屈を考えているうちは、まだ「四枚の般若」になっていないのでしょうね。

【まさとみ☆】不要なものを省き、芯の部分を見つめてみる。とてもシンプルですが、そのシンプルなことこそが難しいですね。

【井上】人間は欲深いからね。だからこそ、般若心経の心。簡単に言えば、自然体でいれば良いのですが、現実には、どっちが損か得かを考えてしまう。けれど、「四枚の般若」という言葉を知っているか否かで違ってくる。そういう言葉や世界があることを知っていれば、失敗しても立ち直り、再び前進することができるのです。これを生涯続ければ、もう仏様ですね。言葉ひとつ覚えただけでも、すごく違った人生が送れると思いますよ。
 こういった効果がお経にはあるのです。本来、自分の勉強のために読むのがお経です。だから、お彼岸に先祖供養として読んで終わりというものではないのです。

【まさとみ☆】これは人間関係の根本だと言えますね。コミュニケーションって、表面的ではなく、心の部分で相手と対面することがとても大切ですし、それがお経に書かれているのですね。どうしても、お経は古文や漢文で難しいなぁって思ってしまって(苦笑)。

【井上】それが欠点といえば欠点なのだけれども、人間の心には古語、歌語、詩語でないと響かないのです。たとえば、「師曰く朝に道を聞かば……」。それを「ある時、先生はおっしゃいました。私はこのように聞きました」だったら、心になにも響かないじゃないですか。

【まさとみ☆】本当だ!

【井上】お経を現代文に直せっていう人がいますが、現代文にしたらますますお経の心が伝わらなくなるでしょう。歌や詩は、すぐ覚えられるでしょう。心に響くためには歌でなくてはいけないし、古語でないといけない。だから、お経の本は現代文に直すことをしてないのです。

【まさとみ☆】やっぱり人間の心の琴線に触れるものは、昔からの形で伝承されているのですね。そう考えると、本当にご先祖様とつながっていますね。

【井上】民族の智慧として、遺伝子の中に入っているのですよ。

【まさとみ☆】お経を暗唱できる子供がいますが、お経を読むと心地よい感じがするのでしょうね。

【井上】やっぱり理屈ではなく、肌に感じる部分があるのでしょう。お経は民族の知恵が詰まっているのですから、小さいうちからふれる方がよいですね。

【まさとみ☆】お彼岸の時はお説教をなさるのですか?

【井上】その時に応じてです。説教ではなく法話といいます。みなさん説教は嫌いだからね(笑)。お経はご先祖供養であると同時に、自分自身の勉強であり、生活の糧である。そのことを、もっともっと伝えていく必要性を感じています。

【まさとみ☆】曹洞宗の正式なお彼岸の勤め方はあるのですか?

【井上】特にありませんが、皆さんが気にするのは、お供え物じゃないかな。お団子やぼた餅などをお供えするのが一般的です。これは最高の食べ物という意味なのです。

【まさとみ☆】お団子やぼた餅が最高の食べ物なのですか?

【井上】昔は甘味料など無い時代でした。何かを買ってくるという習慣もない。だから、手元にあるもので、最高のおもてなしとなると、おはぎやぼた餅など甘い物を作ることだったのです。最高のおもてなしこそ、最高の供養なのです。そして、その中で一番ありがたいものがお経です。お経をあげなければ本当の供養になりません。でも、形として目に見えるものはお供え物なので、みなさん関心が高いのです。どんなに高いお供え物を買ってきたとしても、心がこもっていなければ本当の供養にはなりませんよね。

【まさとみ☆】お経こそ最高のおもてなし。お彼岸とは、自分がここにいるということをご先祖様へ感謝の気持ちを込めて行う。それが本当の意味なのですね。

【井上】自然にそう思えてきてしまうということは、ご先祖様と遺伝子でつながっているという証拠でしょう。

【まさとみ☆】そうですね。そういった先祖供養も、残念ながら行わない家も増えているのが現状ですね。

【井上】悪巡環で迷った人間の霊が増えてきたから、世の中乱れてきてしまった。

戒名こそ執着を離れた姿

【まさとみ☆】ところで、僧侶の方はなぜ名前が音読みなのですか?

【井上】これは中国からの習慣です。そして、もうひとつはあなたたちの戒名。

【まさとみ☆】戒名ですか?

【井上】幅跳びをするとき、ハンドバックやランドセルを持って幅跳びをしますか?

【まさとみ☆】しないです。

【井上】置いて幅跳びをするでしょう。「人生長ければ恥多し」。だから、人間が50年生きれば、50年の因縁がつく。百年生きれば、百年間の因縁がつく。死んだ時に三途の川を渡るときに、邪魔じゃない?

【まさとみ☆】重たくなりますね。

【井上】だから、戒名を頂いてゼロで出発をするのです。それが戒名の意味。そうなれば、ふわっと飛べちゃうよ。

【まさとみ☆】何もなしの状態ですね。戒名ってそういう意味があったのですね。だから、死んだ方には戒名を付けるのですね。ということは、仏門に入る前に、今までの自分の行いをすべてリセットするために、戒名を頂くのですね!

【井上】そうです。だからこそ、執着を離れた生活を送るべきであるし、送っているということで音読み・戒名よみに変えるのです。
だから、永平寺へ行くとか、お寺の生活をするときに、名前の読み方をそのように変えていくのですね。

【まさとみ☆】お彼岸と般若心経、そして戒名について、非常に分かりやすかったです。本日はどうもありがとうございました。