禅に惹かれた人々
浦和禅教室

十年以上教室に通い、坐り続ける三人にはどこかどっしり落ち着いた雰囲気が感じられ、清清しい顔つきが印象的だった。
それぞれに仏教を通して、自分の考え方を見直し、生活が変化し始め、穏やかな気持ちでいられる喜びを感じているようだ。
師を通して導かれた心のあり方は、まず自己を正しくみつめること、それには、時や場所を選ばないことも教えられた。


取材 石原恵子


 さいたま市浦和区のホテルの地下にある「読売・日本テレビ文化センター」の一室で月二回、「坐禅と法話」教室が行われている。現在の講師は岡山県徳重寺住職の岡本道雄師。
 部屋中央部には文殊菩薩さまと一仏両祖の軸の前に線香が置かれ、壁を前に簡易畳と坐蒲、六名の参加者はほとんどが結跏趺坐で身をおく。止静鐘の音とともに、静かで厳かな空間に変わり、参加者それぞれの気持ちが透明になったような穏やかな時が流れる。身を調え、息を調え、心を調え、何にもとらわれず、自己を見つめる坐禅。
 その静寂を破るように警策の音も響く。しばらくすると終わりを意味する鐘の音、皆、すっきりした顔をされている。
 坐禅の後には机を並べ、法話の時間。般若心経をとなえ、テキストを机上に法話が始まる。この日は『遺教経』から「少欲・知足」のお話。優しい口調と親しみやすい内容に参加者は真摯に耳を傾けている。
 この教室は十二年以上前に開かれたが、初期の頃からここに通い、仏教を通して生活や考え方が大きく変わったと言われる3人にお話をしていただいた。

心が穏やかに、健康をも取り戻した

矢口幹雄さん(78)

 三十代から病弱で、入院や手術を繰り返し、四年間も薬漬けの時もありました。この薬に頼らず、自力で快復をできないものかと思っているうちにヨガを知り、試みましたが、「瞑想」が自己流だと危険に思え、それ以上は進めませんでした。
 ある日、鎌倉の寺参りで坐禅をされている姿を拝見し、興味を持ちました。本を読み、自宅で坐っていましたが、屋外の音などが気になり、うまくできずにいたところ、十二年前にこの教室の存在を知り、それ以来のめり込んでいます。最初は雑念があり心が騒いでいる時もありましたが、岡本師に教えていただいた、「呼吸だけを意識する」時間が少しずつ増えてきました。その時はとてもうれしいですよ、気持ちが落ち着いて安らいでいます。その時間が増えると、普段の時間にも自分のことに向き合えるようになりました。
 責任感が強くて自分の限度以上に何が何でもやり通してしまう、また、潔癖なまでに自分の過ちを許せなかったり、自己中心的なところがあったのです。自分の性格を直さなければ何も解決しないと気がつきました。
 今では薬も飲んでいません。そして大抵のことなら許せます。好きなお寺めぐりでも、階段にひっそり咲いている花に感激することもあります。心は穏やかです。

お経は今を生きる人のために

京極正憲さん(68)

 妻の実家のある福井に行った時から古寺や仏教に興味を覚えました。信仰心の宿る土地風土ですからね。そんなことから『仏教を生きる』全12巻から読み始めました。しかし自分の生活の中には本の内容は心から入っていなかったようです。他人には優しくできても肉親への甘えがあったのか、父とのぶつかり合いがありました。
 十年前からこの教室に通っています。いわゆる敷居が高くなくて、今では大切な場所です。特に、法話をいただくのが楽しいです。難解だと思ったお経をわかりやすく解いて下さり、たくさんの生きる智恵をいただき、心が落ち着きます。普段の言葉の中にも仏教からの言葉も多いと気づきましたし、車の運転の仕方まで変わりました。
 お経は亡くなった人のためではなく、まさに今を生きている人のためにあるのですね。今であれば父にはもっと違う接し方ができたと思います。師のおっしゃるように淡々と坐り続けたいと思います。

形をつくって心を澄ます

薗部匡史さん(67)

 高校3年生の頃、担任の先生から強制だったと思いますが、朝一時間、宿直室で坐禅をしたのがきっかけでした。
 おとなになり、海外勤務でアメリカや東南アジアなど九年間暮らしました。仕事のトラブル、人間関係で悩むことも多かったのですが、その時覚えた「いーーち、にーーい」の数息観は不思議と湧き出て、息を整えたことがあります。
 十年前にこの教室を知りました。交通事故で患った足を組むのがつらいのですが、坐っているうちに忘れ、形を整えてきちっと坐ることが、心を澄ますことにつながっています。人のせいにせず、自分に厳しく、かつ柔軟に、真摯に自己を見つめる。先生の仏教の話を聞き、深い教えを自分の生活に反映させているうちに、自分でも性格がまるくなったと感じています。
 毎回いただくお経のプリントはだいぶたまりました。どんなに科学が進んでも人間の本質はあまり変わりませんから、手を合わせ、つらくても足を組み、自己を見つめていきたいと思います。


 ご法話中の岡本道雄師