無縁社会とは言わせない

東京都西多摩郡日の出町 岩井院・三宝会
志茂有山・新子ご夫妻

 岩井院 志茂有山師

 高齢者の孤独死、年間三万人を超える自殺者、八万件にのぼる行方不明届出など、予想を超える数と痛ましい現代社会の現状が、たえずマスコミを通じて伝えられる。今の社会の持つひずみからか、人情の貧しさや軽薄な人間関係が浮き彫りにされ、「無縁社会」という言葉が叫ばれている。
 こうした現状を何年も前から目の当たりにし、身寄りがなくても、生活困窮者でも、僧侶、寺族、檀家が力を合わせ、篤く葬る行為をしている寺がある。

 JR武蔵五日市駅から車で十分ほど、夏は蛍、冬は雪が積もる山間に勝峯山岩井院がある。
 新緑に桜がまだ残る昨年の四月十七日、「第二十四回三宝会・合同法要」が行われ、午前、午後の会に四百人もの壇信徒が訪れた。
 三宝会とは、NPO法人で、身寄りのない人や、生活保護受給者の葬祭援助や知的障害者グループホーム、自立援助ホーム、高齢者自立型住宅を運営する非営利活動をする団体で、岩井院の住職・志茂有山師が代表を務めている。

 「ごくろうさま、寒いから中で温かいおうどん食べてね。今日は妹さんも来てくれたの、お父さん喜ぶよ。コート脱がなくて結構ですよ…」と、参加者一人ひとりに声をかける住職夫人の志茂新子さん。住職の有山師と共にこの会を築き上げてきた夫人だ。
 新子さんは奥多摩・周慶院、当時の住職佐藤黙童師の長女として生まれた。佐藤師は、老人ホームや診療所、保育園などを作り、代表を務めていたが、寺にはいつも人が訪れ、どんな境遇の人も歓待し、また身寄りのない人や、山で亡くなった人も自らリヤカーで寺に運び、弔うこともしばしばだった。そんな環境で、新子さんは兄弟とともに毎日の寺の掃除は欠かさず、来客時には食事も下座でいただくことが当たり前に育った。
 社会に出て、四百人の入院患者のいる病院の心理カウンセラーとなった。患者本人の悩みはもちろん、患者の背景にある家族の悩みにも深く考えさせられることが多かった。本人の入院で残された年老いた親、働き手のいなくなった家の子ども、亡くなった患者の、親縁に恵まれず引き取り手のない子どもたちはどう生活していけば良いのか…。
 父・佐藤師を見て育った新子さんは、そうした子どもたちの環境を座視することができず、子どもを家に迎え、一緒に温かい食事を作って食べさせ、子どもたちの行く道を親身になってともに考えてきた。
さらに、生活保護を受けながら老人ホームで亡くなった老人も寺に運び、花や線香をたむけ、若い僧侶に弔ってもらうこともたびたびだった。

 二十三年前に、父・佐藤師のもとに福祉事業の相談に訪れ、佐藤師の生き方に共感する有山師と結婚した。
 当時無住であった岩井院に居を置いた。忙しい作務の中、自分の子どもを育てるとともに、十四人の子どもの里親にもなった。
また、当然のように、見寄りのない人や、家族の事情で拒否された人、行き倒れた人たちの亡き骸を二人で引き取り、柩に安置し、書類を作り、火葬場に運び、本堂に帰ると寺族のご詠歌、住職の読経で葬儀を行った後、寺内の合祀墓に埋葬した。そうして弔うこと、今までにおよそ五千件。決して少ない数字ではない。
 身寄りやお金の無い人は寺院も葬儀社も受け入れないところがほとんどだ。行政の公費補助は多少あっても、葬儀社などの費用に使われてしまうのが通例だ。
 志茂ご夫妻の活動は、葬儀屋の分野ではないかとの意見も耳に入ったが、「今、ここで寺が手を出さなくて、だれがやるのでしょう。お経もあげてもらえず、あの世に行くのはあまりに可愛そうではないですか」と、新子さん。
 その行為を目にした檀家さんも、いつの頃からか、いっしょに手伝うようになっていた。人ひとりの人生の終焉を住職、寺族、檀家が自らの手で、真心をこめて弔うことの尊さは計り知れない。

 NPO法人「三宝会」は平成十三年十一月に認証された。今までどおりの葬祭援助に加え、十五年には、縁あって福生市内のビルを借り受けたことをきっかけに、青少年及び高齢者自立型住宅、知的障害者グループホーム、平成十六年には、十五歳から二十歳まで入れる自立援助ホームなどの非営利活動を次々と始めている。
 新子さんはそのホームの施設長も務める。特に仕事の受け皿の少ない知的障害者を含む子どもの自立には知恵をしぼり、経済的に成り立つように介護ヘルパー2級の資格取得を促し、同じビルのお年寄りの介護の仕事に従事させた。
 ほかにも寺境内や最近開いた「ひので霊園」内の草取りや造園、法事の手伝い、プリザーブドフラワー作り、清め塩のミニセット組み(写真)など、できる限り障害者の収入になる仕事を考え、一人ひとりが生き生きと暮らせるように、自立への道を切り開く毎日だ。
 最近、そうした取り組みが話題になり、テレビでも取り上げられたこともあって、障害者の家族の前での講演も多くなった。
 そんな発想豊かで活動的な新子さんを傍で見守り、大きな後ろ盾となり、さまざまな福祉事業の決断を下す志茂有山住職は、「正しいことを正しい方法で進めているだけです。お寺は困った人を助けるが当たり前でしょう。無縁という言葉はこの寺にはありません。すべて有縁です。最後の縁はこの寺が持つのです」と、きっぱり話された。
 殺伐とした渇いた砂漠のような現代社会の中で、温かい春風を受けたような気分になった。

自然の美しい広大な敷地にある「ひので霊園」
三宝会の人々が草木の手入れをする


岩井院 東京都西多摩郡日の出町大久野二七八六
電話042・597・3413

 本堂で檀家さんたちと志茂新子さん(前列左から2人目)

(取材・石原恵子)