多くの人は「仏前結婚式」を知りません

千葉県・長寿院住職 篠原鋭一


 S高校の英語教師K先生が来寺して満面の笑顔で告げた。
 「調いました。ウフフフ」
 何のことかわからず問い返す。
 「何が調ったの? 野球部員の数?」
 「いいえ、私の縁談が調ったのです!」
 「えーー? 本当なの!」
 熱血の英語教師、鬼の野球部監督で知られるK先生が結婚するとの情報は、またたく間に生徒や保護者に伝わり、誰もが驚いた。私も……。
 とにかく教育熱心で、結婚など考えている人ではないと誰もが思っていたからだ。
 数日後、婚約者同伴でやって来たK先生に再び驚かされる。
 「仏前結婚式を行いたいと、二人で決めました。場所は副都心幕張メッセのNホテルです。打ち合わせに参りましたらNホテルでは初めてのことで、支配人はじめスタッフが正装して見学させて欲しいとのことです。ご住職、何とぞ私たちの結婚にお力添え下さい…」。
 Nホテルといえば、都心に本店を持つ超一流のホテルだ。そのホテルでの最初の仏前結婚式と聞いて「ようし、やってやろうじゃないか、仏前結婚式をPRできる!」と意気込んだ。
 曹洞宗宗務庁発行の「仏前結婚式ガイド」をもとに、幾度かホテルスタッフと打ち合わせを行い、弟子たちと釈迦如来像や仏具類をすべて持ち込んだ。
 当日。式場になった部屋をのぞいて見ると、みごとな仏前結婚式場に変わっていた。
 式次第は、同ガイドブックに準じた。仏前結婚式用音楽も十分に活用。終了後、両家の親族や招待者から絶賛の感想が続く。
 仏前結婚式体験は初めての人ばかりである。
 新郎の父「二人は仏様にお誓いしたのですから、二人して正しく歩み、生きていくと信じることができました……。」
 新婦の母「昨夜、娘と二人で泣きました。まるで今生の別れが来たように…。でも、仏前で誓う二人の姿を見ていると、喜びがこみ上げてきて、うれし涙を流しました。いつも仏さまが二人のそばにおいで下さるから安心だと思うことができたのです…」。
 披露宴のとき、予期せぬプレゼントがNホテルの支配人から届けられた。それは洒しゃ水すい灌かん頂じょうを受ける新郎新婦の姿をとらえた写真のパネルである。支配人のひと言もそえられている。
 「おめでとうございます。スタッフ一同、初めて仏前結婚式のお手伝いをさせていただき、深い感銘を受けました。お二人のお子さまのご結婚式も、ぜひ、当ホテルにて仏前結婚式でお願い申し上げます……」。
 式司を務めた私は次のことばを新郎新婦に贈る。
 たとえたった一人だけでも「あなたがそこにいるだけで私は嬉しい!」
 と言ってくれる人がいれば、それだけで前向きに生きていくことができるのです。自分の存在感を認めてくれる人がいるという安心感が、生きる力を育てるのです。お二人にお二人が必要なのです……。
 仏教といえば多くの人々は「死」をイメージする。幾度か仏前結婚式を務めさせて頂いたが、同席した人々から同じ感想を告げられる。
 「新郎新婦のみならず、私たちも仏様とともに生きる人生でありたいと改めて気付きました。とても清々しいお式で感動しました……」。
 過日、大本山總持寺において行われた仏前結婚式に招かれたが、実に荘厳であり、慈愛にあふれ、「新郎新婦の前途に幸多かれ」との思いを参席者全てが熟成するに十分な儀式であった。
 それにしても「仏前結婚式」があることを多くの人々はご存知ない。お寺は、まず今生きている人々にとっては得難い仏道修行の場である。家住期のスタートに、これほどふさわしい場所はない。多くの新郎新婦に提供したいと思う。

 仏前結婚式場

 洒水灌頂を受ける新郎新婦