正力松太郎賞
山形・大石田町 地福寺 宇野全匡師
子どもの心に寄り添い寝食を共にする

 宇野全匡師


「友だちから、悩みを聞いてくれるっていうから電話したんですけど…」
「はいはい、どうしたの?」
「あのー、死にたいんですけど…」
「あ、そう、で、いつ?」
「まだ決めてません」
「どこで?」
「わかりません…」
「どんなふうにするの?」
「………」
「まだ時間があるようだからね。夏は暑いし、
冬は寒いしね…。で、なぜなんだろうねえ?」

 美しい芝生にきれいに磨かれた本堂

          *

 緑豊かな田園が広がる山形県大石田町。無農薬栽培の田圃で草を取る子どもたち

 山形県大石田町にある曹洞宗地福寺住職・宇野全匡(ぜんぎょう)師(69)の電話での実際の会話。苦しみをかかえ、生死に迫った状況にある子どもの嘆きに、漂々と話しながらもしっかり心に寄り添う。
 宇野師は四十五年前、先代が遷化されると同時に寺に入った。当時寺は、背丈ほどの草が生い茂り、見た目にも荒れ、寺族と檀家さんとの関係も穏やかではなかった。
 何をしてもすっきりしない中、境内の草を一本一本抜き取り、木に覆われ、暗くてくねった急坂の参道を整備した。食べるための田んぼや畑を、畳一枚程度のものから作った。
 汗を流して真剣に寺を直す宇野師の姿を見て、檀家さんの一人、また一人と徐々に協力をしてくれるようになった。
 そして、やっとトラクターが通れる道ができ、本堂も磨かれ、土砂で埋まった本堂裏の心字池も息を吹き返した。
 学生時代の児童教育部で全国で行った活動さながら、紙芝居、人形劇、茶道、着付けなど交えた日曜学校を開き、子どもたちの笑い声が寺にひろがった。
 徐々に普通日も学校帰りの子供が立ち寄り、宿題をし、受験の子には勉強を教え、八重子夫人はそろばんを、息子さんも勉強を教えた。毎日七、八十人が通うまさに「寺子屋」。
「知識は道具、知恵は使い方。クワや耕運機の道具があった方が良いだろう?」と子どもたちに言いながら机に向かわせる宇野住職。
 男の子には空手や野球を。中学校に無かった野球部を作ろうと、まずは保護者のチームを作り、檀家を中心に結成した十二チーム、四百人が参加する野球大会も開いた。まさに心ひとつに地域を巻き込む催事になったが、同時に地域が抱える問題も見えてきた。
 日曜学校を始めて五年経った頃、仏教を学びながら家庭教育を考える「青年塾」を始めた。親や教師、地域の人たちが寺に集まり、また「JC寺子屋」も主宰し、「地域の過疎化」の問題に、ふるさとの魅力づくりを提唱する講師を呼ぶなどして取り組み、そば農家が自宅を店にするなど、今あるもので興そうと「そばの町・大石田」の実践をはじめ、今も続いている。
 そんな活動を地域の人とともにする中で、親や教師、子ども本人からの電話が入るようになった。ひきこもり、いじめ、DV、窃盗や薬物使用などの非行、自殺未遂などで心を病んだ子どもたちの相談だ。
 寺でじっくり話を聞くと、家庭や親子関係が問題の子も多く、場合に応じてお寺に留まらせ、寝食をともにする。今までに四百人以上の子どもが相談に訪れた。
 五時半起床、おつとめの後、夏は田んぼを見に行き、冬は雪かき。六時半食事、かたずけ後、本堂の外縁、手すりを拭く。一回ごとに「正法眼蔵随聞記」を大きな声で読む子もいる。その後、通いの子どもたちといっしょに、田んぼの草取りや、葛布を編む作業など、それぞれの仕事につく。逃げ出す子もいた。戻ってくる子もいる。僧侶の道を進む子も出て、現在、合わせて住職は十一人の弟子を持つ。
 「大きな悩みを抱え、道に迷う子どもたちは汗を流すのが一番。流汗悟道、ここでの原点です」と宇野住職。炎天下の草取り、三b近く積もった極寒の雪かきも子どもたちとともに汗を流す。厳しい仕事のあとは、畑でとれた新鮮な野菜を宇野夫妻は手際よく料理し、皆でいただく。普通の家庭の温かさがここにある。
 十七年前から、日本の稲のルーツと言われるネパールのズビン村から、留学生を受け入れている。今は年二人だが、日本の稲作を学び、帰国して農業の普及をし、村に学校を作った青年もいた。その姿を見て、共に暮らす子どもにも、気づきが生まれる。当時の多額の費用は宇野住職の年六十回に及ぶ公演料で賄っていたが、住職と関わり、心を通じた人たちがその活動に賛同し、支援する組織「NIJI」(虹)が生まれた。
 今秋、今までの活動から、正力松太郎賞(仏教精神に基づき青少年の育成活動に尽力、社会の情操教育振興に努力した人に贈られる元読売新聞社主名の賞)を受賞した。
 「企画書や報告書を作るような活動はひとつもありません。その場に居合わせ、逃げずにしっかり受け止め、向き合ってきただけです。どんな子にも役割があり、光りがあります。賞はやっとスタートラインに立った私に肩を押してくれています。これからもハラハラドキドキ、ワクワクしながら私だけの「今」を使って生きたいと思います」と、宇野住職は厳しくも温かいまなざしで語っていた。

 地福寺 山形県北村上郡大石田町鷹巣字上宿83 0237- 35- 2879


(文・石原恵子)