寺報100号・参禅会千回記念
般若心経 大写経会

◆ 長野県伊那市 長桂寺 内藤英昭師 ◆


 内藤英昭住職


 長野県の南西部、南アルプスと中央アルプスに抱かれた天竜川の流れる美しい伊那市。市内高台にある長桂寺で、九月二十日に「般若心経 大写経会」が行われた。
 午前九時、身支度を整えた檀信徒二十七人は、整然と置かれた写経用紙の前に座る。
 「今日の写経会は内藤二十一世現住職就任五十年、寺報『種月』100号記念、参禅会千回を記念して企画されたものです」との護持会会長・唐澤 等さんの話に始まった。
 「身支度を整え、息を整え、心を整える。急ぐ必要はありません。一字一字てい寧に」と、内藤英昭住職(76)。写経の心得から、「摩訶般若波羅蜜多心経」はサンスクリット語の発音が漢字に置き換えられた「音写」であることや、訳された玄奘三蔵法師のエピソードに加え、「摩訶般若波羅蜜多心経」を一字ずつ分かりやすく解説し、「大きなお釈迦様のお悟りの世界へ到達するための大切なお経です」と話された。
 加えて「このお経の私の好きなところは「心無礙。無礙故。無有恐怖」です。道元禅師様の『普勧坐禅儀』などでは「所縁を放捨す」、すべてのしがらみをすべて投げ捨てると怖いものは何もない。空の思想と私は般若心経の中で積極的なところ、そこが大好きです。広い心、こだわりのない心を謳いあげたお経であります」と、住職。
 開経偈、般若心経を読経したあと、合掌し、静かな時間が始まった。硯で墨を下ろす人、筆ペンで他の紙に試し書をする人、それぞれ真剣な面持ちで一字一字進めていく。
 香のたかれた静かな室内に、鳥の声や鈴虫の鳴き声も聞こえた。



 最後の祈願、名前を書き終えた人は姿勢を正して自分の書を見つめる。ほとんどの人が書き終わった頃、住職は自らの書の経験からの、へんやつくりの配分、とめる、はね、はらい、はらったあと気持ちが次ぎにつながっていることや、参加者からの質問「無」の書き方にも即座に答えた。「もう一度、ゆっくりで結構ですので、書ける方は続けてください」と話し、ほとんどの人が第二巻めの写経に進んだ。
 再び写経用紙に向かい、筆を握る檀信徒。書き上げたあとの笑顔はそれぞれ清清しい表情だ。
 その後本堂に移り、写経を奉納、『般若心経』を皆で読経し焼香。記念写真を撮って無事終了。昼食には当寺の「種月婦人会」手作りの惣菜やおはぎなどこころのこもったものも副えられ、なごやかに会食。
 義母といっしょに来たという女性は「字を書くことがもともと好きでしたが、母から誘われて…。とてもすっきりした気分です」。
 長野市から参加した女性は「生まれ故郷の懐かしいお寺での写経会、とても緊張しましたが、次回まで少し練習して、友人を誘って来たいです」。

 今まで発行の寺報『種月』を見る内藤住職(右)と唐澤会長

 長桂寺現住職の内藤英昭師は昭和三十九年、二十五歳の時に住職就任。同年七月から寺報『長桂寺報』を発行。
 創刊号には「今世にある我々はお盆を現実に生かさねばなりません。根である祖先に感謝をささげ、その恩に報いる気持ちを具体的に表したいものです。それには棚を荘厳し、供物をあげ、合掌しつくづく自己をざんげし、自己を見つめ、明日の礎とすべきです」と、師の思いが一面に載せられている。
 二号には「仏教徒の十戒」、その後の号には、種月婦人会だより、仏式結婚式の報告などと続き、四十六年に坐禅会を告知し、正式に参禅会を始めた。
 鐘楼を建てた昭和四十八年、十五号から寺報名を山号にちなみ『種月』と変え刷新。十七号には住職が「マリアナ諸島戦没者遺骨収集政府派遣団」に長野県山岳協会班チームリーダーとして参加した際に、山岳会で鍛えたロッククライミング技術を活かし、深い岩穴を下り遺骨収集ができたこと、その後法衣に着替え、追悼慰霊儀式を自ら行ったことなどの報告が載る。
 平成三年、当寺庫裏落慶時にはたくさんの写真が載り、八頁の増頁。平成十七年には、住職就任四十年記念号で、「あっという間に四十年」との大きな見出しに、印刷はカラーになった。平成二十年にはカンボジアに学校をと呼びかけ、翌年に、寄贈した「チョアム・プカー小学校」の落慶・贈呈式に檀信徒たちと参加。また、同時期、『桂雑記』のコラムには特派布教師として全国を巡ったようすやエッセイ、脳死や原発、集団的自衛権などに関しての社会的な事象も鋭い視線でじっくり見据えた論文も興味深い。
 百号を迎え、紙面はA4サイズになり、発行部数も千部と倍以上に増えた。檀家さんの寄稿原稿も多く、種月婦人会と梅花講員の作る涅槃だんご「やしょうま」も色鮮やかに掲載された。最新号にはカンボジア「ポンリア・チェイ小学校」の図書館を贈ったことから贈呈式に檀信徒とともに参列する旅のお知らせも載っている。
 「『種月』創刊時から五十年、まさに継続は宝なりでございます。ご苦労をされていたにも関わらず、住職はひと言も愚痴をこぼさず、いつも前向き。平常心で私どもに接している姿は尊敬しております。住職が心血を注がれている社会福祉や平和活動にも共感いたしております」と、唐澤会長。
 「皆さんの支えもあってあっという間の五十年でした。お釈迦さまも、両祖師も命の尊厳と平等性をたくさん説いておられます。道元禅師さまは「衆生を思う事、親疎をわかたず、平等に済度の心を存じ…」と、また瑩山禅師さまは「檀那を敬うこと、仏の如くすべし、師檀和合して親しく水魚の昵づきを作し…」とお示しです。檀信徒には平等に法施、仏法を施し、時には財施をしても仏さまのみこころに叶うでしょうということです。
 これからも僧侶として「仏祖の行履」を慕い、「貧学道」を旨とし、調停委員、保護司、山岳会やスキークラブなどの経験や交誼を活かして人間として善知識の教えに随い時光を失わず今日今時を心豊かに過ごしてまいりたいと思っております。」と内藤住職は穏やかに話した。

 寺報『種月』

 (文・石原恵子)

種月山 長桂寺
〒396-0026長野県伊那市西町5582