新春特集 脳と呼吸と坐禅
脳を鍛えて身も心も スッキリ楽しく生きる!

有田秀穂(ありた ひでほ)
1948年、東京都生まれ。東京大学医学部卒業。
東邦大学医学部統合生理学教授。
東海大学病院、筑波大学基礎医学系を経て現職。
著書に『こころとは何か』(分担・北大路書房)、『禅と脳』(玄侑宗久師と共著・大和書房)他。

インタビュー◇まさとみ★ようこ
成蹊大学文学部英米文学科卒業。
フリージャーナリストとして雑誌、メディアなど多方面で活躍中。
公式HP http://www.masatomi.net


脳を活性化させよう

「IT化が進んで便利になりすぎたために、脳はすっかり弱ってしまった」と、現代社会に警鐘を鳴らす有田秀穂氏は、東邦大学医学部教授で脳科学研究の第一人者。現代人の脳はどうなってしまったのか? 弱った脳にパワーを取り戻すにはどうしたらよいのか? ストレス社会を力強く生き抜くにはどうしたらよいのか? どんな質問にも、そのものズバリで分かりやすい直球回答をして下さった有田氏。どんな脳でも元気にする方法は、今日からすぐに実践できる!



理論派左脳人間と直感型右脳人間の存在


まさとみ まず最初に、脳について教えてください。頭が良い人は脳みそにシワがいっぱいあるんですか?

有田 シワだけで脳のすべてを表現することは出来ませんね。

まさとみ よく使っているとか発達している人間はシワが多い、といった現象はみられるんでしょうか?

有田 それはありますね。例えば、音楽家の脳。人間には音楽に関係する脳領域があり、音楽家はその部分が大きくなっているとかのデータはあるんです。それはちょうど、筋肉を使うとその筋肉が非常に鍛えられて強く、そして大きくなるでしょう。その中を見てみると、血管が豊富になっていたり、神経の働きが普通の人よりもかなり良くなっているとか。

まさとみ 脳も筋肉みたいなものと考えてよいんですか?

有田 同じだと思います。脳のある部分を非常によく使うとすれば、その部分の血流も良くなります。

まさとみ よく、「論理的な思考をする人は左脳人間、ひらめき直感的な思考をする人は右脳人間」と聞きます。コレは脳の研究立場からは肯定できますか?

有田 僕はおそらく肯定しない、と思う。みなさんはいろんな思い入れを込めて「右脳人間、左脳人間」と言っているんだろうけどね。脳の研究をしている立場からすると、右脳と左脳の機能の決定的な違いは、「左脳には言語をしゃべる脳がある」ということ。右脳には、左脳とは違う色々な機能があるんです。特殊な条件ですが、左脳のみ、右脳のみを麻酔することが仮にできたとしたら――
 左脳だけを麻酔した場合、しゃべることができなくなる。だけど、「ら、ら、ら」というメロディーを奏でることはできる。ところが、右脳だけを麻酔した場合、「ら、ら、ら」はできないけれど、しゃべることができる。
 このように、明らかに右脳と左脳の機能が違うことは間違いないけど、右脳人間、左脳人間と断言できるほど機能が完全に分かれている、とは言い切れないですね。そもそも人間は、基本的には左脳・言葉や論理の世界で生きている。その中で生活しているということは、かなり左脳に偏った生活をしていることは間違いない。だから、もう少し自分に正直になって左脳の部分を抑えてやることがポイント。この、左脳の部分を抑えることが、セロトニンに繋がるんですよ。

セロトニンとセロトニン神経の違い

まさとみ 左脳を抑えて右脳を元気にするにはどのような方法なんですか? 著書『セロトニン欠乏脳〜キレる脳・鬱の脳をきたえ直す〜』にある、セロトニンとかセロトニン神経を活性化させること、なのでしょうか?

有田 そうですね。セロトニンという、脳の中ではある一種類の神経なんだけど、その神経が果たしている役割というのが、ある意味では脳全体に対する影響を与えるんですよ。

まさとみ なるほど。基本的な質問で恐縮ですが、セロトニンとセロトニン神経とは何ですか?

有田 まず、セロトニンについて。例えば、アドレナリンってよく言うでしょう。怒るとアドレナリンが出る、とか。アドレナリンは心の働きに関係がある。その、アドレナリンと同じようにセロトニンを考えると間違える。アドレナリンはホルモンなんです。ところが、セロトニンはホルモンではない。僕らが研究しているセロトニンは脳の中にあるセロトニン。脳の中のセロトニンというのは、セロトニンを作る神経があるんです。

まさとみ セロトニンを作る神経が中にあるんですか?

有田 そう。セロトニン神経でセロトニンという物質を作り、神経相互のコミュニケーションや情報伝達に利用するわけ。だから、セロトニンではなく、セロトニン神経という言葉にこだわっているんです。内分泌、ホルモンとしてのセロトニンだとイメージする方が多いのですが、「セロトニンはホルモンではない! 脳の中にあるセロトニン神経こそが今大切なんだ!」 と言いたいわけなのです。

まさとみ つまり、セロトニンを作るセロトニン神経を活発にしましょうと。

有田 そういうことです。

まさとみ 実際にセロトニンが増えたとか減ったとかは感覚的に分かるんですか?

有田 それは分からない。脳波をとってみると、脳波のレベルが変わるので大脳皮質の活動が上がった下がったが分かる。つまり、セロトニン神経の増減は脳波で二次的に理解することができるんだよ。自分で何らかの形で確認できるかというと、二次的に確認できるというのが正しい。
 セロトニン神経を活発化したり弱めたりする重要な要素のひとつは、覚醒に関係する神経なんですよ。つまり、セロトニン神経というのは、起きているときにずっと活動していて、寝ているときには活動を抑えてほとんど活動しない、という性質があるんです。
 朝起きると、セロトニン神経の活動が起こりだし、セロトニン神経が大脳皮質に働きかけるので覚醒のレベルが上がる。寝ているときは副交感神経が、起きているときは交感神経が優位になる、その切り替えにセロトニン神経が関わっているんです。

まさとみ 寝起きのいい人はセロトニン神経が発達している、ということですか?

有田 それは言えます。うつやパニック障害、精神的ないろんな問題を起こしている人たちは、要するにセロトニン神経の働きが弱っているからです。 朝起きても、大脳が目覚めない。自律神経も交感神経が活発にならないでスタンバイの状態にならないから障害がでてしまう。

まさとみ なるほど。セロトニン神経が「シャキッとしろよ」という指令を出しているのですか?

有田 セロトニン神経は、目が覚めると同時に姿勢をきちんとさせる筋肉(抗重力筋、姿勢筋)へ刺激を与えるんです。だから、セロトニン神経がしっかりしていると背筋もシャキッとする。

セロトニン神経を活性化する方法

まさとみ 寝起きからテンションの高い人というのは?

有田 セロトニン神経が、目が覚めてすぐに活動するんだろうねぇ。僕に言わせると、セロトニン神経を元気にさせる方法を知っているんだと思う。セロトニン神経を活性化する方法というのは、基本的に二つあるんです。ひとつは、いろいろなリズム運動をすること。歩行、咀嚼、そして呼吸。リズム運動としての呼吸をしっかりやると、セロトニン神経が活性化されて、大脳の働きや自律神経の働きや筋肉の働きが覚醒して、シャキッとした状態になる。寝つきも良くなりますね。朝起きたときに、セロトニン神経を活性化することを積極的に行うといいね。
 他には歩行、ウォーキング、ジョギング、そして正しい呼吸法。坐禅も非常にいい活性化の方法だね。読経するのもよし。声を出してやることであれば、歌うだとか念仏を唱えるのも同じ効果があるね。ご飯をよく噛んで食べるという、咀嚼運動そのものもセロトニン神経の活性化になる。

まさとみ というと、朝食はしっかりと食べたほうが良いですか?

有田 朝食を食べるというのは、体のためのエネルギーでもあるけど、セロトニン神経を活性化して心身を元気にさせるという点では大切なんだよ。

脳と心が悲鳴を上げる便利すぎる現代社会

まさとみ どんな生活がよくないのですか?

有田 リズムの運動がセロトニン神経を活性化させる。ということは、その逆の生活。つまり、リズム運動をしないこと。汗水流して一生懸命からだを動かして仕事をしたり、いろんな活動をすれば、セロトニン神経が活性化されて元気になるんだよ。だが、昨今。IT化されて、特にコンピューターの世界になってから、机の前に坐って丸一日、というのが今の生活スタイルだからね。身体を動かさないで便利であることが非常に良いという時代でしょ。
 人間は身体を動かして、うまくバランスを保たれるように出来ているのに、身体を動かさなくてもうまく生活が回るように出来上がってしまった。でも実は、脳と心は悲鳴を上げてしまい、うつ病やパニック障害が起こる。二、三十年前はなかった状況なんだからね。セロトニン神経が弱っていろいろな問題が起こっている人の選択方法としては、昔の生活スタイルに戻ること。つまり、汗水流して自給自足の生活をすること。これは、僕のセロトニン神経の研究からすると当然なんだよ。

セロトニン神経とすっきり爽快α波の関係

まさとみ セロトニン神経って、身体を元気にする神経なんですね。

有田 そうなんだよ! 今の世の中、坐禅やヨガや太極拳、エアロビクスやウォーキングなどの健康法がブームになっているね。実はね、これら全部がセロトニンに関係があるの。坐禅を実際にやってみると「あれ? なんか良くなっているね」ってね。それをみんな知っているから、坐禅をやるんだよね。僕はただ、屁理屈をこねて、その背景にはセロトニン神経というものがあるんだよ、と言っているんだよ(笑)。

まさとみ 確かに、坐禅を組むと理由は分からないんですが、スッキリするんですよね。

有田 そうでしょう。坐禅をやったときの心理テストをやってみると「すっきり爽快」と誰しもが言う。僕らは、その「すっきり爽快」という状態が脳波でどういうことなのかを脳波研究で調べた結果、「すっきり爽快」のα波が出てることが分かったんだよ。大脳に直接働きかけているわけではなく、腹筋を収縮させた呼吸法をやるだけで、大脳が変わっちゃうんだから。
 身体を動かすことが、大脳を調整する。身体を動かすということは、脳幹に働きかけて脳幹のセロトニン神経を元気にさせて、すっきり爽快にしてくれるんです。

まさとみ あれ? α波というのは、リラックスした時に出るものではないんですか?

有田 α波には二種類あって、ひとつは眠くなったり、リラックスするα波。リラックスのα波というのは、疲れてこれから眠っていく状態のときに出るもの。もうひとつが、「すっきり爽快」のα波。これは、不安や緊張が取れて、何かやりたいな、と思う状態になるもの。脳の中の構造で、すっきり爽快のα波を出すのが怎Zロトニン神経揩ネんだよ。

吸う呼吸は生きるため
正しい呼吸法は吐く呼吸


まさとみ それでは、坐禅などをする時に、目をつぶってしまったらダメなんですか?

有田 いや、目をつぶっても大丈夫なんだよ。実は、目をつぶった状態での呼吸法を研究したことがあるんだ。目をつぶるとα波がでる。それは、お休みモードのα波。ところが、呼吸法をやるとお休みモードのα波が消えて「すっきり爽快」のα波が出てくるんだよ。

まさとみ この二つは、全く別のものなんですか?

有田 そう、全く違う。呼吸法といっても、僕らが生きていく呼吸とは違うんだよ。まず、それを理解しないとダメだね。普段の呼吸では、セロトニン神経は変わらない。つまり、生きるための呼吸法じゃない呼吸をしなければいけない。大脳の指令によって意識的に呼吸を変えなくちゃいけないんだ。分かりやすく言うと、寝ている時の呼吸と反対の呼吸をするんだよ。寝ている時の呼吸というのは、横隔膜が勝手にやってくれているんだよ。

まさとみ なるほど。生きているときの呼吸は「吸う」がメインなんですね。

有田 でも、セロトニン神経を元気にさせる呼吸は違う。「吐く」ことに意識を向けるんだ。 「吸う呼吸」は自律的な呼吸だから、延髄にある呼吸中枢によって勝手にやってくれるんだけど、「吐く呼吸」の指令は、大脳からの意識的なコントロールでしかできない。吐くことに意識して、適当なところで止めたら自然に空気が入ってきて、と。それを静かに繰り返す。一種のウォーキングやジョギングに近いね。つまり、正しい呼吸法とは、腹筋を使ったリズムの運動を意識的にやることなんだよ。横隔膜を使った、生きるための呼吸ではないってことがポイントなの。

まさとみ 吐くことに意識しよう、と。

有田 そんなに気合をいれなくてもいいんだよ。一番簡単なのは、おしゃべり。「あー、うー」でもいいし、「あー」と言ってるだけでも、腹筋を収縮させて吐いている呼吸をしているんだよ。それを、声を出さずに声帯にも緊張を出さないで静かにやるのが坐禅の呼吸法。お坊さんが呼吸法を教えてくれるときは、声を出さないで「ひとーつ」と言うでしょう。あれは、自分の気持ちの上で「ひとーつ」という声を出していれば、腹筋が収縮しているんだよ。調身・調息・調心の「調息」は、吐くということに意識を集中すれば良いんです。

まさとみ それは、どういう体勢でもかまわないんですか?

有田 僕らの研究では、坐禅の形である必要は全くない。椅子に坐ってもいいし、立ってもよい。まぁ、一番楽なのは坐ってやることだけどね。でも、一番大切なのは「調心」。最終的には、心が一番大切なんだよ。でも、まず最初は呼吸のリズム運動をすること。呼吸のリズム運動を続けていれば、セロトニン神経が活性化するのは間違いないんだ。
 でも、そのリズム運動には「調心」、つまり心の問題が入ってくる。分かりやすい例だと、ウォーキング。散歩のようにアチコチ気を散らしてたり、考え事をしながらウォーキングをしても、セロトニン神経は活性化されないの。そこがポイントなんだ。つまり、僕らの研究では集中しないでダラダラとおしゃべりしながらウォーキングをしてもセロトニン神経は活性化しないからダメなんだよ、ということ。

まさとみ 呼吸に集中しないとダメなんですね。

有田 そう。呼吸法は集中することが大切。別のことを考えていると、まったく効果がないの。そこがポイント。なるべく静かな状態で、目の前が壁のほうがよい。目はつぶらない方がよいね。なんで目をつぶらないほうが良いかというと、目をつぶると他から情報が入ってこないために雑念が必ずわくんだよ。目をつぶって心をコントロールするのは結構大変なんだよ。

まさとみ 私は以前、坐禅の体験をした時に雑念が浮かんでしまってしょうがなかったんですよ(笑)。

有田 雑念はセロトニン神経の活性化にはよくないね(笑)。他のことに意識を向けないで、腹筋のリズム運動ができるかが一番大切なんだよ。最終的には、やっているときに心をどこに置いているか、というのが一番大切になってくる。だから、みなさん色々な工夫をするんだ。壁に向かうし、目も完全に閉じないで半眼にしたり。そういういろんな工夫をした結果、セロトニン神経を一番活性化させる最適な様式を確立したのが坐禅なんだよ。読経も同じだね。
 読経というのも、ずっといろんなことを唱えているでしょう。唱えている間は「ぐうっ」と吐いている腹筋の収縮。ずっとしゃべってて、また吸うわけだから、腹筋のリズム運動なんだよ。人によって違うけれど、だいたい30分から40分間腹筋のリズム運動を繰り返すと「すっきり爽快」だったり、姿勢がシャキッとしたり、痛みをコントロールできるセロトニン神経の活性化の状態が生まれるの。

無心で題目を唱えてこそ
セロトニン神経の活性化


まさとみ どれくらいの時間続けると、セロトニンが「出てきたな!」という効果があるんですか?

有田 脳波の研究では、だいたい5分。それから15分くらいの間にピークが出てくる。その後は、上がったり下がったりだね。つまり、30分くらいまでの間は、上がった状態が維持される。そこから先、疲れてくると今度はセロトニン神経に良くない。セロトニン神経に疲労はダメなんですよ。

まさとみ 疲れちゃダメなんですか?

有田 そう。やりすぎはダメなんだよ。「ああ、スッキリしたな」というのは、時間にすると、だいたい30分くらい。人によるので、やっぱり経験と、その人の身体の状況に合わせてやることが大切。

まさとみ 私は学生時代に合気道、社会人になってからヨガをやっているんですが。技がきつ過ぎて、何も考えることができなくて、頭の中が真っ白になるんですよ。

有田 面白いのが「読経」。僕は読経の研究で、お坊さんからいろいろな読経のデータを取らせてもらったんだよ。読経の内容って色々な種類がある。最初は文章部分。お釈迦さんがどうしたとか、よく理解できる部分のお経の内容があるんです。その下には、偈文といって五文字くらいの漢字で出来ている韻を踏んだ部分がある。五文字がずっと繰り返されていて、ほとんど理解できないよ。ある意味、音のリズムなの。もうひとつが、題目を唱える、というか念仏を唱える。「南無阿弥陀仏」とか、言葉の繰り返しだね。

まさとみ 曹洞宗では、本尊唱名といって「南無釈迦牟尼仏」とお唱えすることをすすめています。

有田 セロトニン神経が一番活性化されて大脳の「すっきり爽快」のα波が出るのは題目。文章を読んでいるときはセロトニンは全然でないんだよ。韻を踏んでいる偈文のときは比較的出るけど。

(次号へ続く)