脳と呼吸と坐禅
脳を鍛えて身も心も スッキリ楽しく生きる!(2)

有田秀穂(ありた ひでほ)
1948年、東京都生まれ。東京大学医学部卒業。
東邦大学医学部統合生理学教授。
東海大学病院、筑波大学基礎医学系を経て現職。
著書に『こころとは何か』(分担・北大路書房)、『禅と脳』(玄侑宗久師と共著・大和書房)他。

インタビュー◇まさとみ★ようこ
成蹊大学文学部英米文学科卒業。
フリージャーナリストとして雑誌、メディアなど多方面で活躍中。
公式HP http://www.masatomi.net


セロトニン神経が
心に与える2つの作用


有田 気持ちの浮き沈みはセロトニン神経によくない。セロトニン神経が活性化されたときの心に対する影響というのは、二つの側面があり、ひとつは嫌なことに関係する神経を押さえてくれる。つまり、ストレスを抑えてくれる。もうひとつが、舞い上がっちゃう神経を抑えてくれる。
 良ければいいやって世界を追求しちゃったのが依存症だよね。舞い上がりすぎちゃうのもダメだし、他方でストレスや不安で全然心が晴れないというのもまずい。
 その二つの神経に対して、セロトニン神経は押さえてくれるんだよ。平常心ないしは中道というか中庸。メンタルの面で、上がったり下がったりしない、比較的安定した状態を積極的に作るんだよ。

まさとみ☆ なるほど。ちなみに、セロトニン神経は不眠症を解消できたりするんですか?

有田 セロトニン神経が弱ってくると、良い睡眠がとれなくなる。中途覚醒とかね。だから睡眠も悪くなっちゃうんだよ。悪い睡眠だから、結局朝起きたときにセロトニン神経がパッと活動しない。頭の中もスッキリしないというか、すぐに元気になってくれない。

まさとみ☆ ダラダラと悪循環するということですね。

有田 そういうこと。

まさとみ☆ セロトニン神経を活性化させるには、1日30分。どこでもよいから息を吐くことに集中することですね。私は身体を引き締めたいので、お腹を引っ込ませることを考えながら運動しているんですよ。そうすると、スッキリするんです。つまり、筋肉のことを考えるという捉え方でよいですか?

有田 それが一番いいの。自分の動いている筋肉に集中して、自分の心も集中していくという方法が、ほかの事を考えない一番良い方法なんだよ。「ここをずっと収縮させよう」と思い続けていることだけが、ほかのことを考えない「調心」の部分でとても大切なんだよ。簡単だけど、ある意味一番本質的なのかもしれないね。

まさとみ☆ (腹筋を使った吐く呼吸をしながら)こうやって、呼吸を意識するとお腹まで引き締まる感じがします。何も考えられない浮かばない無心の状態。それこそが「調心」なんですね。

心と呼吸は密接な関係
呼吸法は「火の用心」


まさとみ☆ よく緊張すると呼吸が浅くなって肩が上がっちゃうんですよ。パソコンに夢中になると、胸ですごく浅い呼吸になってしまってるんです。それってセロトニン神経が弱っているんでしょうか?

有田 そうだねぇ。心と呼吸は直接結びついているからねぇ。パニックというのは、苦しくないのに苦しく感じることだし、不安で過呼吸症候群になる人がいるでしょう。あれは別に酸素が足りていないわけじゃなく、心の状態が呼吸をハアハアさせちゃうんだよ。つまり、心の状態が呼吸に作用しているんだね。
 ということは、呼吸を意識的にコントロールすれば心もコントロールできるといえる。腹筋を収縮させることに集中した呼吸をすると、セロトニン神経がしっかりしてきて、心のバランスも保たれる。

まさとみ☆ 胸で呼吸し始めて肩に力が入り始めたら要注意ですね。

有田 そう。そうなり始めたら、早めにやるのがいいんだよ。よく言うのは「火事になってからでは遅い」の。予防が一番。つまり、火の用心がセロトニン神経の役割なの。

まさとみ☆ 先手必勝ですね。

セロトニン神経を
研ぎ澄ます方法とは


まさとみ☆ 私のような平凡な一般人でも、セロトニン神経を砥ぎ澄ますことは可能なんでしょうか?

有田 人並み以上に研ぎ澄ませようと思ったら、やっぱり呼吸法だね。よく、坐禅を組みにお寺へ行くでしょう。あれはある意味、間違えていないんだよ。ただ、続けないとダメだよ。効果はしばらくすると、すぐに消えちゃうんだ。

まさとみ☆ 継続は力なりと言いますものね。

有田 まさにその通り。セロトニン神経の特性からすると、継続は力なりというか、止めたらダメ。道元の、ただひたすらにやっていれば、求めている状態になる「只管打坐」というのは正しいんだよ。イチローだって、あのようなベストな状態を維持するために、かなり毎日の生活をコントロールしていると思うよ。

まさとみ☆ むしろ、呼吸法を毎日行うこと自体が鍛錬ですものね。

有田 そうなの。毎日が大切。人間の体というのは、実はすごくシンプルかつ単純なんだよ。しっかりと体を動かしていると、心も自律神経も見た目も良くなるんだよ。

まさとみ☆ 見た目もですか! それは理想的ですね(笑)。

有田 そうそう(笑)。

現代社会が生み出した
脳の弱った半病人


有田 ところが、現代社会ではセロトニン神経を知らない人ばかりなんだよね。セロトニン神経を弱らせる状況の生活で、半病人がたくさんできちゃってるんだ。これこそ問題。今の子供たちは部屋に閉じこもった生活をして、それに関して親は何も注意をしない。で、あるとき、急に暴れだしちゃったり、キレちゃったり。これらの問題は、セロトニン神経が弱ってしまい、最終的にはキレちゃって制御がきかなくなる状態が起こった結果なんだよ。「体調も悪くなり、うつ、摂食障害、いろんな依存症にもなるから、そんな生活をしていてはだめだよ」と、僕は警鐘を鳴らしたいんだよ。

まさとみ☆ やっぱり、家族間のコミュニケーションは大切なんですね。

有田 そうだね。家族で呼吸法、なんて出来ればいいんだけど。現代社会では、人と人とのコミュニケーションがなくなっているんだ。メールやインターネットと、相手を意識して生活しないでしょう。僕らは一対一で会話をする時は、息遣いや顔つきや目つきといった、言葉ではないコミュニケーションで情報を伝えているでしょう。でも、今の時代はそれらを使わない世の中になっている。それが問題なんだよ。

まさとみ☆
 それでは、会話することって良いんですね。

有田 おしゃべりの人って結構元気でしょう。

まさとみ☆ 確かに、おしゃべりの私は元気です(笑)。

有田 ストレスがあったときに、おしゃべりしてストレス発散する方法。実はね、それって理にかなっているんだよ。バカみたいにしゃべりまくらないとダメなんだ。「ふーん」と相手のことばかり聞いているとストレスになるだけで何にもならない。それから、お神輿を担ぐのもそう。「わっしょい、わっしょい」ってやってるだけでしょう。あれがすごく良いわけ。

まさとみ☆ 確かに、頭の中が真っ白になりますものね。

有田 何も考えないで「わっしょい、わっしょい」やっている。みんなで一緒に神輿を担いで「わっしょい」と大声を出す。実に単純なことを繰り返す呼吸法だね。しかも、隣の人の息づかいもわかって、それだけでなんとなく幸せな気分になって元気になる。セロトニン神経にとっては最高だと思うよ。

まさとみ☆ お祭り男、お祭り女は、セロトニン神経にとって最高なんですね

有田 だと思う。現代の中でいいといったら、サッカーのサポーターたち。ある意味、現代のお祭りだろうし、セロトニン神経の活性化にはとても良いと思う。あとは、ウォーキング、ジョギングね。難しいのはダメだよ。難しくて学習が必要なのは、ストレス実験になるから止めなさいね。セロトニン神経には、あまり習い事をしないほうが良いんだ。難しいとイライラしちゃうからセロトニン神経には良くない。

まさとみ☆ つまり、「心地よいな」と感じて、長く続けることが一番なんですね。

有田 そうそう。心地よいという感覚を意識しないとダメ。だからといって、心地よいまま流してしまってはダメなんだよ。ちょっとづつ負荷が加わっていることがポイントなんだよ。

まさとみ☆ 負荷というのは、ストレスとかの負荷ですか?

有田 そういう意味じゃないんだ。例えば呼吸法で「ふうっ」って吐きながら楽な状態に流してしまうのではなく、「もうちょっと、もうちょっと」という感覚が良いんだ。 「もうちょっとだけ」という感じでやり続けないとだめなんだよ。毎日毎日がゼロから出発するつもりでやらないとダメ。

まさとみ☆ 「あと5分頑張ろう」という感覚なんでしょうか?

有田 う〜ん。時間の問題というか、一回ごとが大切なんだよ。適当に流し始めちゃったら、セロトニン神経にとってはダメなの。

まさとみ☆ 流してはダメって、日常生活にも当てはまりますね。

有田 まさにそうだね。セロトニン神経が活性化していると、淡々と生活できると思うんだ。要所要所でコントロールできる心を持つわけだから、ストレス社会の中でも平常心で生活していけるよね。お坊さんの生活を考えてみればいい。
 セロトニンというのは、欲求を抑えるとともにストレスも抑えるから、つねに中庸。要するに心のバランスが保たれるわけ。だから、本人にとってはストイックな生活ではないんだよ。いいことも悪いことも、すべてを受け入れる感覚、というんだろうか。

まさとみ☆ 呼吸ひとつで出来るようになるなんて、人間ってスゴイです。

有田 正しい呼吸法ならね。そのためには毎日ジョギングするもよし。読経するもよし。坐禅をするもよし。お経でもいいよ。本尊唱名を唱えてもよい。

まさとみ☆ 本尊唱名ですか?

有田 あまり本尊唱名を唱える人は少ないけどね。ストレスのある世の中で念仏を唱えるだけで本当に上手くいくのかな、と疑問だったんだけど、セロトニン神経からすると上手くいくんだよ。正しい呼吸法を30分間。その効果は短期的には数時間で終わってしまうけれど、それを三ヶ月続けていくと、セロトニン神経の構造が変わるんだよ。つまり、セロトニン神経が鍛えられた状態で安定する。
 例えば、筋肉を鍛えると、その直後は少し強くなったとしても、また数時間すると普通の状態になるでしょう。ところが、毎日トレーニングを続けると最終的には安定した状態になる。その現象と同じで、セロトニン神経の場合も活性化するという行為を毎日繰り返すと、三ヶ月で良い状態で安定するんだよ。

まさとみ☆ セロトニン神経を活性化させるには、気持ちを落ち着かせて、継続してやれ、と。

有田 そういうことだね。セロトニン神経活性化に必要不可欠なもの。

まさとみ☆ セロトニン神経の活性化に効果的な食べ物はありますか?

有田 バナナだね。コレにはセロトニン神経の材料になるトリプトファンが入っている。僕も毎朝食べているよ。他には豆腐や納豆などの豆類やチーズ。セロトニンを合成するという点では効果的だね。

まさとみ☆ 逆に、止めた方が良いものは何かありますか?

有田 まず、サプリメントは止めなさい。セロトニンのためのサプリメントって市販されているんだけど……。セロトニンは摂取過剰だと逆に問題を起こすんだよ。幻覚などの障害が出るからね。セロトニンはね、普通の食べ物の中に十分入っているから十分なんです。

まさとみ☆ 他には何かありますか?

有田 セロトニン神経には太陽の光が大切なんだ。朝起きてジョギングやウォーキングするのは一番のオススメだね。うつで困っている人がいたら、僕はそうアドバイスをします。

まさとみ☆ つまり、天日干しをしたほうがいいわけですね。

有田 そうそう(笑)。心も体も天日干しをして、少し汗を流しなさい、と。まさに太陽光が一番。電気の光があるでしょう。明るいし光だからいいかというと、太陽光と電灯の光は決定的に違う。電灯の光ではセロトニン神経は活性化しないんだよ。それは、照度の強さの問題なんだけどね。電灯は200ルックスくらいなんだけど、太陽光は10倍以上。2000〜3000ルックスはある。それくらいの威力がセロトニン神経には必要なんです。やっぱり、太陽光って本当に太陽の恵みなんだよ。

まさとみ☆ 日光浴ではなく、外にでること自体が大切なんですね。でも、最近紫外線が問題になっていますから……。日傘をさしでも大丈夫なんでしょうか?

有田 もちろん。太陽の光も、だいたい30分くらいで十分。終わったときに「すっきり爽快」と思えることが大切。運動同様、太陽だってグッタリしちゃうような浴び方はダメなんだよ。つねに「気持ちよい」という自分の感覚を大切にすることだね。自分の感覚に正直にあわせていくのが良いんだよ。

まさとみ☆ いかなる状況においても臨機応変で肩の力を抜いた生活をすごす。そんな理想的な人生をおくるためには、セロトニン神経を活性化させることが一番。ということですね。有田先生、どうもありがとうございました。