仏事相談

回答者:中野天心(長野県・常輪寺住職)


相談 私は一軒家から大きい仏壇と共に、アパートに引っ越しましたが、住み込みで働いているので毎日仏壇に手を合わせたり、上げ物をすることもできません。休みの度に墓参りには行き、自分の心の中を語り、すがすがしい気持ちでまた仕事場へ帰るのですが、アパートは遠くにあるので戻ることもなく、結局荷物を置いているだけの状態です。
 元気に働いているものの、もうすぐお盆も近いのに、ご本尊様やお位牌をそのままにしておくにもいかず、どうすればよいか悩んでおります。 (盛岡市・YY)

礼拝を通して大きな願いと誓願を持つことが大切

回答
 「休みの度に墓参りに行かれ、ご自分の心の中を語り、すがすがしい気持ちでまた仕事場へ帰られる」ということ、大変に尊く、そして素晴らしいことです。ご先祖様のお墓参りをしてご供養することにより、お参りをする貴方自身が生き甲斐を確立しておられる。ご供養とか信心というのは、まさにかくあるべきと存じます。ご先祖様方もそんな貴方をご覧になって、さぞかし喜んでくださるはずです。
 そこで、アパートに置き去りにして心を痛めておられるご本尊様とお位牌のことですが、大きなお仏壇は無理としても、ご本尊様とお位牌だけを住み込み先にお連れしたらどうでしょうか。ご信心の深い貴方であれば、日常生活の中で常にご本尊様やお位牌に手を合わせることができ、より一層生活が充実するのではないでしょうか。お仏壇は、ご本尊様やお位牌にお入りいただく、いわばお家です。アパートに戻られるようになったら、またそのお仏壇にご安置申し上げればいいのです。
 住み込み先では、段ボール箱に紙などを張ったものでもいいですし、手作りの箱でも構いませんので、その中にご本尊様とお位牌をお飾りし、茶箪笥やタンスなどの少し高いものの上にお載せするのがいいでしょう。そして、住み込み先の責任者の方にお願いし、お線香、ローソク、お花、お水、お茶などを可能な範囲でお供えなさればいいと思います。
 ご本尊様やご先祖様のお位牌に手を合わせ、礼拝する営みこそが、一番大切なのです。礼拝を通してご本尊様やご先祖様に、大きな願いとお誓い(誓願)を持つことができれば、なお結構なことです。


相談 我が家には、お仏壇はありません。主人が次男ですので、それでいいと思っていましたが、ある方から「次男さんでもお仏壇を持ってもいいのよ」と言われ、どうしたものかと思っています。そして、主人の祖父がある宗派に属していたようなのですが、やはりその宗派を受け継いでいった方がよいのでしょうか? 私の実家にもお仏壇はなく、まったくわかりません。よろしくお願いいたします。 (金沢市・山口淳子)

亡き親や御先祖のご供養を通してまことの幸福を実感する

回答
 ご次男であろうと、お仏壇を持つことは非常に望ましいことです。内容から察しますに、お仏壇を安置しご先祖様方のご供養を営むなどの祭祀承継は、ご主人のお兄様が行っておられるものと思います。一般的には、親やご先祖様のご供養はこれで十分と考えられていると思います。しかし、そうでしょうか。ここで、供養される側と、供養する側の二つの立場に分けて考えてみましょう。
 まず、自分自身が供養される立場になって考えてみてください。自分の子孫の誰か一人が自分を思い、ご供養を通して自分の願いや祈りを受けとめてしっかりと生きてくれるのと、すべての子孫が自分の深い願いや思いに心を寄せて生きる支えにしてくれるのと、どちらが嬉しいでしょうか。当然、後者のはずです。
 次に、ご供養する側から考えてみましょう。ご供養の意義や目的は、亡き親やご先祖様をご供養することを通して、ご供養する人が、命の尊さやご先祖様のご恩、自分に託された想い、ご生前の生き様などに心を致し、日常生活の中で正しく生き、まことの幸福や生き甲斐を確立することであるとも言えます。つまり、我々がまことの幸福を確立するためには、親やご先祖様のご供養が非常に重要であるということです。
 ですから、ご次男であろうと、お仏壇を設けてご供養礼拝していくことは極めて意義深いことです。
 それから宗派については、ご主人の祖父が信じてこられた宗派を自分達もと考えるのは、ごく自然な考え方です。しかし、将来的な事も含めて良く熟慮なさって決めるべきです。何のための信仰かと言えば、自分自身の心の支え、大きな心の安心を確立するためのものです。特定のお寺を菩提寺と定めてご信心を養っていくのであれば、まずそのご宗派の教えを多少なりとも知った上で、選択なさるのが望ましいと思います。そして、そのお寺のご住職の人格やお人柄も非常に重要な要素です。