朗読から心の力を養う



    「人間の条件について」
   
未完の動物1

                  エリック・ホッファー

自然は完全なものだが、人間は決して完全ではない。完全なアリ、完全なハチは存在するが、人間は永遠に未完のままである。人間は未完の動物であるのみならず、未完の人間でもある。他の生き物と人間を分かつもの、それはこの救いがたい不完全さにほかならない。人間は自らを完全さへと高めようとして、創造者となる。そして、この救いがたい不完全さゆえに、永遠に未完の存在として、学びつづけ成長していくことができる。

      * 出典 『魂の錬金術』中本義彦訳より。117ページ 2003年作品社刊


解説  江田 浩司

 この文章の作者エリック・ホッファーは、7歳のときに失明し、15歳のときに突然視力を回復するという過酷な運命に苛まれた、1902年生まれのアメリカの社会哲学者です。ホッファーは正規の学校教育を一度も受けることがなく、季節労働者、港湾労働者として働きながら、独学で哲学を学び独自の思想を築き上げました。
 ホッファーの思想がすぐれているのは、彼の言葉の一つ一つが、厳しい生活の中から導かれた具体的な内容であるということです。ですからホッファーの言葉は、生活人としての人間の真実を容赦なく暴きます。
 ホッファーは自然の中で人間だけが「完全」ではなく、永遠に「未完」のままであることのすばらしさを率直に語っています。確かに私たち人間が自らを「完全」さへと高めようとすることは生きる力であり、人間の持つ掛け替えのない能力です。完成されたものにはそれ以上の成長はありません。また自らを高めようという創造力も生まれては来ないでしょう。つまり私たち人間は、生まれながらにして一生をかけての大きな宿題を与えられているのです。それは命の尊さにも繋がる大切な宿題です。
 そして気をつけなければならないのは、「未完」である人間が自らを性急に完成させるために、「完全」である自然の法則から逸脱してしまうこともあるということです。例えば自然破壊、環境破壊の問題は、人間が「完全」であることを目指すあまりに犯した、非人間的な行為ではないでしょうか。
 ホッファーはそのことを充分に承知した上で、このような言葉を私たちに投げかけているのです。人間が「完全」さを目指すことが、自然との共存と生命の尊重に繋がるような創造力を育成すること。それは私たち人間にとっての永遠の課題であり続けることでしょう。


「魂の錬金術」
作品社刊
定価:本体2,200円(税別)



江田浩司
1959年岡山生まれ。現代詩歌作家。
詩、短歌、俳句の枠を超えて、詩歌の総合的な表現を試行する。
歌集『メランコリック・エンブリオ』詩歌集『饒舌な死体』現代短歌物語『新しい天使』など。