女性と仏教
ご縁を生かして
〜行動を起こす〜




川崎市 高橋みどりさん

(*聞き手 門馬慶直)


 巨大な天狗面で知られる、東京は下北沢の曹洞宗・真龍寺。その檀家に、高橋みどりさんという女性がいる。高橋さんが仏教に関わったのは、仕事をやめて、いわゆる高齢者の入口に差し掛かった頃だった。その仏縁のキーワードになったものは、「出会い」と「行動」だった。
 高橋さんは、先天性の股関節の病を抱え、身障者四級の認定を受けている。股関節の軟骨がすり減る病気で、進行性のためしだいに痛みが増す。最終的には歩行が困難になるという。しかし、高橋さんはそうしたことを一切感じさせない。明朗快活そのもので、年齢も実際よりもはるかに若々しく見える。  高橋さんが仕事をやめて手術を受けたのは、十五年前。三か月半の入院、そのうちの半分は寝たきりの生活だった。退院した時の感慨が、その後の人生に大きく作用した。
 「歩けるようになったら、自分の足で歩ける嬉しさというのが、人一倍強いのですよ。それまでは人の力を借りなければ動けないし、最初のリハビリでプールに入った時、自分の足がこんなに重いものだということが初めて分かりました。それから、三か月半入院したことによって、いろいろな人生を見させていただいたわけです。それで、自分の考えがどんどん変ったんですね」
 残りの人生を思い切り生きたい、という思いから、高橋さんの精力的な活動が始まった。
 最初の縁は、町会の役員を頼まれ、務めたことが切っ掛けとなった。一人暮らしの老人たちを招待する食事会の手伝い、「ミニ・デー」。老人ホームに訪問コーラスに行く、ボランティア・グループ「タンポポ」。さらに、同じ股関節の病を抱える人たちの「のぞみ会」でも、神奈川支部の役員として、病院訪問で情報を集めたり、医師を招いての講習会を主催している。
 高橋さんの興味は、ボランティア活動だけに留まらなかった。港区主催の英会話の会に入ったり、そういった中で知り合った人達との交流の会「下北会」を自ら作ったりもした。国際交流会や、ベンチャービジネスの会にも参加したという。「縁を生かす」、という信条がその行動の源泉だ。
 『小才は縁があっても縁に気づかず 中才は縁があっても縁を生かさず 大才は縁をうまく生かす』
 江戸時代、将軍家指南役として仕えた柳生家の家訓を、高橋さんは座右の銘としている。
 「縁をうまく生かす、と言っても、思っていただけでは縁は生かされないわけです。私は、歩ける嬉しさも手伝って行動を起こす源泉になっているようです。いろいろな場に出なければ情報は得られないんですね。縁を生かすということは、そこにいろいろな出会いがあるのです。出会って、この縁をこのままで終らせたくないと思ったら、何かしら私は自分から動くんです」
 そうして得た縁の一つに、佐橋慶女との出会いがあった。佐橋慶女は、日本で初めての女性だけの会社を設立。出家得度をして、「オパール・ネットワーク」を設立、現在も高齢問題に取り組んでいる。
 その講演会に参加して、高橋さんはもう一つの素晴らしい言葉に出会った。
 『仕事をやめた後は、嫌な人と接する必要はない。お金を得るためではないのだから、自分が必要と思う人とだけ接すればよい。
 限られた時間の中であれもこれも出来るはずがない。そのためにはいろいろな知人を作りなさい。ファッション、経済、健康、料理、そのほかいろいろな専門の知識の人が知人にいれば、その人たちから教えてもらうことができる』
 佐橋慶女のこの話に、高橋さんは、ああ、その通りだ、と嬉しくなったという。「行動を起こす」というキーワードが、さらに光り輝くものになった。行動をしたことによって出会いがある。出会いがあることによって、さまざまなものが得られる。
 「私は、ちょうど赤ちゃんが何でも覚えるように、何でも知りたいんですよ。そうするとまたいろいろな出会いがあって、そうすると全部つながってくるんです。いい経験も、嫌な経験も、得ることがいっぱいあるんです。幸せばかりだと人の痛みが分からないですよね。自分が嫌な経験をしたことでも、いろいろなこともまた知るんです」
 こうして仏教とも縁を得た高橋さんは、真龍寺の檀家となった。
 「仏教は自分の心にあると思っています。朝、親しかった友人、お世話になった人、それから高橋家の先祖、その戒名を読み上げています。そうして、お早ようございますで始まって、夜は、今日一日ありがとうございました、と言って寝るのが日課です。それが、私の仏さまに対する感謝の気持ちなんです」
 仏教についてそう語る高橋さんは、「本当に、ご縁ですね」と最後に語った。今日一日を大事にし、ひとつひとつの出会いを大切に思う。その実感が、その一言に込められていた。

(世田谷区真龍寺にて、写真)

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