インタビュー
心理療法士 星一郎氏に聞く
家庭教育に今こそ必要なもの!


星 一郎
1964年東京学芸大学卒業。都立梅ヶ丘病院精神科心理主任技術員を経る。専門は個人カウンセリング、心理療法。「アドラー心理学」に基づいた子育て、対処法には定評がある。著書に『子育てバイブル』、『アドラー博士の子どもEQの高め方』。”心の東京革命”専門委員。


……今の日本の家族のあり方にはさまざまな問題が指摘されていますが、先生はどのように考えておられますか?

 教育というのは、学校教育と家庭教育と地域教育が三位一体でなくてはいけないのですが、その中で今一番問題なのは家庭教育ですね。なにか問題を起こしたり自信を失っている子供のカウンセリングをしていて感じることの一つは、子供と父親との関係が非常に薄いということです。父親が忙しくて月に一度も子供と話をしていないという父親不在の家庭が多い。お母さんが何か注意すると、お父さんも、そうだそうだ、お母さんの言うとおりだというような…。
 考えなくてはいけないのは、父親がどう家族の中に参加できるかということです。昔の父親のように威厳があって睨みつければ子供が言うことを聞くなどという時代ではない。我々が子供のころには近くの田んぼで働いているお父さんなんかを見ながら育った。そこに父親としての存在感があった。ところが、七〇年代くらいからお父さんのサラリーマン化が始まって会社に所属するようになると、子供は父親が何をしているのか分からないわけです。何をしているのかも分からないのに、お父さんを尊敬しろと言ってもむりです。

父親は自分の生き方を通して
人生を語る必要がある


 ですから今は、お父さんはこういうことを考えているんだとか、自分の生き方を子供に説明することが必要なんです。子供が小学校の高学年から思春期になる前に、いずれにせよ父親は子供と対決しなければならない時がくる。その時に、自分はこういうふうに生まれてこういうふうに育った。そしてお前のお母さんと出会って結婚してお前が生まれた。お前は自分の人生をこれから作っていくのだが、お父さんはこういう考え方をしている、参考にしなさいというふうに、自分の生き様を見せて父親としての責任を取る必要がある。それで、子供はお父さんのような大人になりたくないというかもしれないし、お父さんのようになりたいというかも知れないが、その判断は子供がすればいい。こうなりなさいというのでなく、子供が検討するモデルとしての父親像を示さないといけませんね。

……その場合、母親の態度が大事でしょうね。

 そうです。よくお母さんがたはお父さんが育児に参加してくれないと不平をいいますが、それはまるでお手伝いさんみたいに育児の大変さの肩代わりを期待している事が多い。そうではなくて、子育てにはお母さんだけでなく違う意味でお父さんも必要なんだということを理解してお父さんに参加してもらうことが大切です。

お父さんを叱り役にしないこと

 お父さんは子供を褒めるにしても叱るにしても、ほとんど子供の情報を持っていないわけです。ところが、子供が何か問題を起こしたとか、困った時にだけお父さんに情報を提供する母親が多い。悪い情報ばかり流して、あなた、どうにかしてというようなことではだめです。お父さんを叱り役にしないことが大事ですね。

お母さんがお父さんを尊敬しない家庭

 ことに戦後の女性の意識の変化につれて、お父さんを粗大ごみと呼んで軽蔑したり、子供に勉強しないとお父さんみたいになってしまうよとか言って父親に対するマイナスイメージを与えることも多い。それでは、子供にお父さんを尊敬しろと言ったってむりなんです。

石原知事の唱える「心の東京革命」とは

……先生は石原慎太郎東京都知事が主唱した「心の東京革命」の推進協議会専門員も勤めておられます。これはどういう運動ですか?

 東京なんか特にそうなんですが、今の社会における人間関係は契約の関係ですね。それが都会のいいところでもあるが、そうしたドライな関係になると、どうしても、うちの子供さえ良ければいい、よその子供は関係ないという風潮になってしまう。そうではなく、もうすこし地域全体で子供の成長に責任を持とうという呼びかけです。具体的には 「心の東京ルール〜七つの呼びかけ〜」というのがあります。
 「毎日きちんとあいさつをさせよう」
 「他人の子どもでも叱ろう」
 「子どもに手伝いをさせよう」
 「ねだる子どもにがまんをさせよう」
 「先人や目上の人を敬う心を育てよう」
 「体験の中で子どもをきたえよう」
 「子どもにその日のことを話させよう」
という七つです。
 今の子供がこれでいいとはとても思えないですね。せめて将来の子供たちには、譲り合いとか、自分だけでなく、お互いの人と助け合っていかないといけない社会なんだよということを教えていかないと、自分だけがよければということになる。その点で、私は最近のお母さん方の子育てを見ていると、三つくらい、考え方の間違いがあると思います。一つは「人に迷惑をかけなければいい」という考え方です。人に迷惑をかけずに生きていくことなんてありえないんですよ。呼吸することだって二酸化炭素を出しているのですから。例えば援助交際をやっている中学生くらいの子が、誰にも迷惑をかけてないし、相手も私もいやじゃないんだから、一向に関係ないでしょうという。そう言われると何も言えなくなってしまう。ある意味では正しいように聞こえますが、それだけではない。人に迷惑をかけないでは生きていけないのが人間なんだよというように教えないといけない。だから、人のために力になれる時は、自分を惜しまないでやるんだよと言っておくのが大切ですね。二番目は「私なんかしなくても誰かがやってくれる」という考え方なんです。一見、謙遜しているように見えるけれど、自分が参加しないための口実になってしまう。

褒められる経験が他を愛する子供を作る

 助け合いは実践した人が、自分も社会に貢献できて、豊かな気持ちになれる糸口になります。そのためには家庭でよい事をした時に褒められる経験が必要になりますね。お父さん、お母さんに褒められる事を喜ぶ子供にならないといけない。家族の中で貢献できる子供は、町なり、市なり、国へと広がって世界を愛する人になるプロセスがあるのです。

……三番目は「うちの子、他人の子という区別が非常に強い」ということです。うちの子、他人の子と区別しすぎることは排他的であるとか人間として不平等を教えることにもなります。

 地域の子供と一緒に色んな影響を受けながら成長していくんだと考えて欲しいですね。

……やはり中心は家庭からということですね。

 どういう子供に育てたらいいかは、家庭の大きな機能の一つですから、その辺りから考えていって欲しいですね。

……家庭の中であそこはご夫婦やおじいちゃん、おばあちゃんと対話が上手にされていると思われる家庭もあるようですが。

 昔だったら、仏壇があって、朝ご飯の前に仏様に手を合わせてご先祖さまに頭を下げるというのが、理屈ではなく身体で覚えたものですが、今は核家族ですから仏壇がある家なんて少ないですから、亡くなったおじいちゃんといっても全く分からないわけですね。仏壇でなくてもせめて、お父さん、お母さんが線香を立てて、頭を下げていれば自分のルーツも自然と分かるんだと思いますが。

手を合わせる気持ちって何?

……仏壇でなくても何か敬うとかね。

 写真一枚でも敬うことは大切ですね。アメリカの映画なんか見ると食事の前に必ずアーメンとやっていますからね。日本では手を合わせることも少なくなりましたね。

……いただきますという言葉は多くの人たちの苦労や恵みを感謝することで美しい言葉なのですが。

 人間優位主義になってしまっているんでしょうね。神様も仏様もいらなくなってしまって、もっと偉大なる力を持っているものに手を合わせなくなってしまった。仏教の中にある知恵をもっと学んだらいいですね。知恵というのは、人間が作り上げてきた宝ですからね。仏教の中にはたくさんの知恵があると思います。子供は子宝といって授かりものでしょう。自分で作って自分の子供だと思うから大いなる間違いになるのです。

……授かりものという考えもないですね。

 人工授精とかクローンとか生命に対する考え方はずいぶん変ってきましたから、科学の進歩というのは良いのか悪いのか分からないですね。最近は行きすぎですね。生活実感というか、生きる喜びを与える角度は必要ですね。そのために家庭はあるんじゃないですか。傷ついた心を癒すのも家庭の役目です。

……そこに家庭の機能があるんですね。


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