禅に惹かれた人々
愛知県潮音寺の「願成観音太鼓」に
鼓禅一如を学ぶ
浦山隆・森下良徳さん
宮本利寛住職と練習に励む小中学生の子ども達
♪名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の実一つ…
(島崎藤村作詞)
この椰子の実が流れ着いたのが、風光明媚な常春の地といわれる愛知県の渥美半島。その突端、渥美町に潮音寺はある。東海七福神にも数えられるこの寺の山門をくぐると、すぐ右にみごとな藤棚。
境内には松尾芭蕉の愛弟子坪井杜国の墓や種田山頭火、山口誓子の句碑もあり、遠方からも多くの人々が訪れるという。しかし、何よりこの寺に生き生きとした息吹を感じるのは、ここが地域の子どもたちの集う、寄り合い所となっているからだろう。
潮音寺の宮本利寛住職が「願成観音太鼓」を発足したのは昭和五十七年のこと。恍ェ音寺青少年育成道場・子ども参禅会揩フ一環として、地元の伝統芸能を育てていくことを目的に始めたものだ。
「子どもたちに郷土愛・連帯感・慈悲の心を学んで欲しくて始めました。最初は、各地の太鼓を聴きに行って楽譜を作り、それを子どもたちに伝えました。私もプロではないので、もう見様見真似ですから初めての公演のビデオなんて、見られたものじゃないですよ。でも”真似る”というのは”学ぶ”ことなのです。私自身も子どもと一緒に遊び、一緒に成長してきたんです」と宮本住職は語る。
その活動も今年で二十一年目を迎える。練習は水曜日と日曜日の週二回。その合い間をぬってボランティアでの公演活動も行い、その回数は年間約五十回にもなるという。昨年は道元禅師七五〇回大遠忌に因み、永平寺で奉納演奏も行った。また、長年の活動が認められて、(財)全国青少年教化協議会制定の正力松太郎賞を受賞、さらには愛知県知事からボランティア表彰をうけるなど、嬉しい出来事が続いた。
浦山 隆さん
森下良徳さん
そうした会の歴史が築かれていくことは取りも直さず潮音寺に集う子どもたちのたくましい成長ぶりを物語っている。現在の会員は約五十名。小学五年生から社会人まで、太鼓と宮本住職の人柄に魅せられた人々が集う。その中で、現在のリーダーとして活動している二人にお話を聞いた。その一人、浦山隆さんは三十二歳。「太鼓を始めたのは十七歳のころです。高校の催し物で何をやろうかと考えていたとき出会ったのが、この願成観音太鼓だったんです。最初は見様見真似で叩いていたんですが、少し出来るようになると、不思議ですね、もっと上手くなりたいと欲が出てくるんですよ。太鼓が大好きなんですね」そう語る浦山さんは、今では小中学生の指導にあたるベテランだ。もう一人の森下良徳さんは三十二歳。設立当寺からのメンバーだが、太鼓を始めたときは、イヤイヤだったという。「友達に無理やり坐禅につれてこられて、そのまま太鼓にも参加していた、という感じです。子どもの頃はわがままな性格で、他人に何か言われると、すぐ投げ出して帰ってしまう。演奏会当日でもイヤになると帰っちゃうし、嫌な子どもでしたよ」と当時をふり返る。
水曜日の練習は浦山さんと森下さんの二人がリーダーとなり、二時間のメニューをこなす。七時から八時までが小中学生、八時から九時までが高校生以上の練習時間だ。それぞれの練習の始めと終わりには礼をして区切りを付ける。それは彼らにとってごく自然な行為として、身についているようだ。
子ども達と演奏する宮本利寛住職
「私のする事を見て育ってきた子どもたちは、何も言わなくても私のやり方を理解し、継承してくれています。小さな子には大人が指導するより、お兄さんお姉さんにあたる年代の人が教える方が良いみたいです」と宮本住職は話す。しかし、その宮本住職が厚い信頼を置くそうしたリーダー達が育つまでには、さまざまな紆余曲折があったようだ。
「浦山と森下の二人は舞台の上でケンカをしたこともあるんですよ。お互いのやり方が気に入らないと言って。森下は子どものころ練習に来なくなった事もありました。それまで来てやっているという態度だったので、イヤなら来なくてもいいと叱ったんですよ。そしたら不思議なものでしばらくこなくなっても、また来るんですよ。それも物影からじいっと練習を見ているんです。戻るきっかけを伺っていたんでしょうね」
叱られてもまたやって来る。それほど彼らを、引き付ける太鼓の魅力とはなんなのか、浦山さんに伺うと、「とにかく楽しいんです。太鼓を叩いているときは無になれる。ただ”叩く”事だけに集中出来るのです。そうするともっと上手に演奏したくなる。小さな子達にも太鼓を好きになってもらいたい。その為にはどんな指導をしたら良いのかと考えていくうちに夢がどんどん広がっていくんです」と語る。
宮本住職は、「”只管(ひたすら)練習する”という事は、修行という意味で坐禅と同じなのです。私は子どもたちに”鼓禅一如”と言っているのですが、太鼓も坐禅も一つの方法であって、行き着く所は同じだと思っています。私は、坐禅や太鼓の演奏を通じて、善意のわかる、心の豊かな子どもを一人でも多く育てていきたいのです」とも…。
ここ潮音寺では今、宮本住職の背中を見て育った人達が、次の世代を築こうとしている。今年はこの会で共に学んだ二人が結婚式を挙げた。小さな子どもを抱いて練習を見学している元会員の姿も見られる。
二十一年前、宮本住職の蒔いた種は大きな実を付ける木へと成長し、やがては椰子の実の里の伝統芸能として、そしてまた、「鼓禅一如」の道として人々に受け継がれていくことだろう。
(取材・岡野葉子)
高校生以上の練習。
仕事を終えた人たちもかけつける。