柳緑花紅
彼岸の仏と此岸の祖先
〜彼岸の宗教的性格について〜

駒澤大学名誉教授・
佐々木宏幹


 また春の彼岸会の季節がやってきた。彼岸会は、春分と秋分の日(中日)の前後三日間、計七日間にわたって行われる法会である。
 仏教教理が説く「彼岸」とは、煩悩にあえぎ苦しむ此岸にたいして、六波羅蜜などの修行により到達した涅槃の岸(仏国土)であるとされる。彼岸が「到彼岸」であるとされるゆえんである。
 この意味で、彼岸会は本来、われわれが彼岸に在(おわ)す仏陀釈尊を目指して精進努力すべき日々であるはずであり、季節の変わり目である春分・秋分とは無関係であったと言えよう。現実の彼岸会はどうであろうか。
 多くの日本人にとって、「お彼岸」は「お盆」と並ぶ一大仏教行事(持)である。
 新潟県北魚沼郡の南部地域では、彼岸の入りの日に大量の雪を掻き払い、墓を掃除してから藁で迎え火を焚き、
「おじいちゃんたち(ヂヂゴタチ) おばあちゃんたち(ババゴタチ) この灯りについて(コノアカシニツイテ) お出でください(ゴザレ) お出でください(ゴザレ)」
と唱えた。
 また彼岸の中日には
「おじいちゃんたち(ヂヂゴタチ) おばあちゃんたち(ババゴタチ) この供物を(ナカンザシヲ)召し上がってください(メサレ) 召し上がってください(メサレ)」
と呼びかけたという。
 墓に在す祖先を招き供養する日々が、お彼岸であった。意味上はお盆とよく重なる。
 浄土教が弘まるにつれて、仏の在す仏国土(浄土)は、太陽が沈む西方の遙か彼方に位置するという彼岸感覚が、人々に共有されることとなった。
 遠大な彼岸の仏と身近な此岸(墓)の祖先とが、日本人の心のなかで重なって感覚される日々が彼岸会ではないか。そこでは仏と祖先が重なり合い、彼岸と此岸とが溶け合う。季節の変わり目に祖先を歓待し、農耕の無事を祈った此岸の行事と、仏教の彼岸の思想が結びついて、今日の彼岸会は成った。それを可能にさせたのは多分、仏も祖先も等しく「ほとけ」と呼ぶにいたったからではないかと、私は考えている。

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