秋田県鹿角市 恩徳寺
位牌堂からの教化
岩舘祖芳住職
みちのくの景勝地十和田湖と八幡平に抱かれた秋田県鹿角市。その中心に位置する花輪の街には、永い時間をかけて育まれた様々な伝統がいきづいている。平安時代から受け継がれているという三大祭りばやしの一つ、花輪ばやし。たくさんの買物客で賑わう鹿角の朝市は、江戸時代から続くという。そして八〇〇年を越える歴史を持つというこの恩徳寺には、二〇〇二年、一風変わった位牌堂が建立された。
「この位牌堂が出来てから参拝者が増えました。特に土日には、檀家さん以外でも位牌堂を観に来て下さる人がいるんですよ。ありがたいことです。でも死後の世界を視覚化するのは難しいですね。もっといろいろと手を加えたいと考えてはいるのですが…」
とにこやかに話す岩舘祖芳住職だが、その言葉からは位牌堂にかける強い思いが伝わってくる。中央部分に八角形の吹き抜けの天井を持つこの位牌堂は、「三世堂」と名付けられた。
「仏教では三という数字は重要な意味を持っています。阿弥陀仏(過去)、釈迦仏(現在)、弥勒仏(未来)を表すと共に、先祖から我々に、そして子供たちへ未来を託すという願いを込めて付けたのです」
と岩舘住職は語る。お堂の正面にはお釈迦様の涅槃像が安置され、この像に見守られるように各家の位牌を納めた厨子が並んでいる。そこは極楽浄土の言葉通り、静けさと和らかな光に満ちあふれている。檀家さんの中には「お釈迦様と一緒に永遠のねむりにつけるのならありがたい」という声もあるそうだ。そして堂内に六ヶ所あるお釈迦様の一生を物語にした極彩色の仏像は、まるで立体の絵本を見るように子供たちの心に刻まれていくことだろう。
しかし何と言っても圧巻なのは、位牌堂入口にある板の門に作られた地獄の風景だ。右壁面に掛けられた、大きな地獄絵図を見ながら三途の川に架かる朱塗りの太鼓橋を渡ると、そこには閻魔大王がにらみをきかせて待ちかまえている。首切り・火炙り・八ツ裂きの刑などが描かれている地獄絵を見て、子供たちはどう感じるのだろうか。
「恐がる子もいますよ。でも現実の犯罪はもっと恐ろしいものです。幼い時からこういった絵を目をそらさずに見せることで、物事の善悪や殺生の恐ろしさを教えていくのも大切な事だと思います」
と岩舘住職は語る。
「先日、この絵の前で若い母親が子供の質問に答え、懸命に絵の説明をしていました。多少違うな、と思う答えもあったのですが、この親子の会話に立ち入ってよいものかと迷いましたね。子供の質問に答えるのもまた、勉強。ここが親子のコミュニケーションの場になるのは、とても嬉しいことです」。
禅宗の教えとはいささか異なると思われるこうした試みも、今をどう生きるのか、そしてその結果としてのあの世の存在をあえて視覚化することで、今をよりよく生きてもらいたいという強い思いからだという。
二〇〇三年十二月には、堂内に新たに薬師三尊と十二神将が安置された。また、将来は境内に唐様式のお堂を建てて、人々の安らぎの場にしたいという。「親しみやすい和尚に、心やすまる寺を願いに」する岩舘住職の思いは、この三世堂から大きく広がってゆく。
(取材・文 編集部、写真・小田島スタジオ)
位牌堂を見学する子供たち