尊敬できるお坊さんがいない
鈴木重安 北海道 六十五歳
私はキリスト教徒です。しかし、この国における仏教の大切さも理解しているつもりです。伝統に支えられた仏教が、怪しげな新興宗教に負けず、がんばってほしいとの想いがあります。
親戚知人の関係で、仏教の葬儀に参列する機会が多いのですが、坊さんの説教には常に失望させられます。いったい、坊さんご自身が真に仏の教えを深く信じ、生き方の根底に置いているのか、疑わしく思うことがしばしばです。
現代では、坊さんも単なる世襲や、形ばかり大学を出て来ただけで、熱心に修行を積み、悟りを拓いた高僧は皆無に近いのかもしれません。
「仏を信じれば、真に幸福な生涯を送れます。信じなさい。死者もご遺族も大いなる慰めを受けます」との信念が、説教から伝わって来ないのは、まことに残念です。
そのような坊さんに出会えたならば、私は異教徒ではありますが、その人を尊敬できるでしょう。
そうした信念の坊さんが存在しないのが、仏教の衰退、仏教葬儀への不満に繋がるのではないかと思います。