戒名は信仰の証明  

飯田富美子 東京都

 戒名は、生前の信仰のいわば卒業証書だと思います。ろくにお参りにも来ないで、「お金を出すから立派な戒名を」というのは、裏口入学みたいな行為だと思います。有難いことに、我が菩提寺では、そのような要求が一蹴された例をいくつか耳にしています。
 ひどい話では、「うちのお寺の坊さんは修業の足りないナマグサで、戒名をつけて貰っても頼りない。どこか格の高いお寺で、生前につけて欲しいが、口を利いてくれないか」という知人がいます。「洋服や靴なら、近くの商店街に気に入ったものがなければ、デパートや銀座へ行けば良いけれど、戒名とは、そんなものではないでしょう」と答えておきました。「そんなに気に入らなければ、お寺を変わる覚悟は有るのですか」と聞いたらグニャグニャとなりました。また、生前に戒名を頂くのをすすめる向きもありますが、これも単純には賛成しかねます。生前に頂くとすれば、「たしかに仏に帰依します」との証明の最小限のものであるべきです。
 戒名を頂いておけば、安心だと言いますが、心の中を覗いてみれば、それは、自慢や油断につながるのではないでしょうか。凡人の悲しさ、立派な戒名を頂いておいて、あとで、それを汚すようなことが無いといえるでしょうか。(その逆もあり)
 戒名は、次のステップ、上級校進学への内申書でもあると受け止めております。



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