ゆとりあるくらしのために
伊藤愛子(70) 長野県
人は誰しもおそかれ早かれ必ず死なねばなりません。どんなにいやだと思っても、いつ迄もいつ迄も生きていたいと思っても、そんなわけにはいきません。そこで生きてる中は心にゆとりのある生活を送り度いもの。それには毎日の生活の悪なきを祈り、願ひ、感謝し、自然を愛し、天を敬ひ、佛様に感謝の気持で手を合せ、今日のあるのは佛様のお陰と毎朝お茶や御飯お供へし、花を飾り、そんな暮しを守ってくれるのが佛教だと私は思ふのです。「神様はあると思ふ人にある」「佛様もあると思ふ人にはある」と思います。身内の人、知り合ひの人何人もあの世に送りました。そして、いづれ自分も又御世話になります。此の世もあの世も又、心にゆとりあるくらしである事を願って止みません。私にとってのお寺は大切な所と思ふものであります。