死後も差別があるのでしょうか
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匿名希望(82) 長野県
八十二才、四男一女の母です。次男三男娘は県外に、同じ町内に長男夫婦と孫二人おりますが私は四男夫婦と同居しております。
先日予定しておりました夫(四十三年一月死)舅(四十三年十月死)の三十三回忌と姑(四十一年五月死)の三十五回忌の法要を菩提寺(曹洞宗)で致しました。それと前住職(現住職の父)の頃からお願いしておきました私の戒名も項きました。三人の塔婆と私の分も含め五十万円包みました。法要料と謝礼と書きました。
法要もすみ直会(料理屋)のあと住職から「位が上がった(住職自身のです)のでその為の衣が必要なのでその時は是非にたのむ」といわれました。額は申されませんでした。驚きました。
申し遅れましたが姑が歿[逝]ったとき夫は健在、県の職員だったからでしょうか、居士から院号居士となり、護寺[持]費もそれなりに納めております。居士信士と段階があり護持費にも差があります。年間六千五百円他に水向料もあります。地獄の沙汰も金次第の諺通りです。
死んでからも差別があるのでしょうか。お寺ではお経で差をつけているのでしょうか。不思議でなりません。
私も老い先短い身、葬式には身内と近所の人たちに送ってもらえば充分だと思っておりますので書き残しておくつもりです。
友人ともよく「死」について話合います。「死ぬまでになすべきこと」などの本も読みました。永六輔の「大往生」も二冊とも読みました。なかなか思い通りにはゆかないようです。
お寺によっては法要料が「表」になっているそうですが日本中のお寺がそうなると法事をするときも葬式のときも悩まなくていいですね。さてこれから僧衣代と葬式代に年金を貯めておかねば……と思っております。
三十三回忌のときは平服のこと、仏への包みは一切御無用に、との条件で来て頂きました。お寺での法要と墓参昼食におつき合いして頂きました。夫の身内と子と孫の和やかな集りでした。これは私の希望でした。
一言付け加えますと
本堂でお経をあげて頂きますと何となく有難い、ような気が致しました。不思議です。