お金ではなく心のつながりを  

三浦 登(65) 静岡県 

 そもそも檀家制度とは? 制度そのものも定義も解りません。昭和三十五年七月母を亡くしました。父は二男でしたが父母の生家が共に日蓮宗だった関係で最寄りの日蓮宗のお寺に葬儀を依頼に行った処「当寺は近郊きっての名刹で貧乏人の来る寺ではない」と謂われ御住職の弟さんの寺を紹介され母の葬儀はお陰さまで無事済ませることが出来ました。尚お墓は市営の墓地が抽選で当り前以って買ってありました。紹介された寺も市営墓地と並んだ一画にあり誠に都合の良い立地条件ではありました。以来毎年春、秋の彼岸、お盆、年末と四回棚経と更に五月には護寺[持]会費、十月にはお会式(おめいこ)と年六回のお布施と会費等の支払いがあります。この間本堂の建替えに当たっては三年間のローンが組まれ更に一年間の延長と指定された金融機関へ割当てられた金額を払い込んでまいりました。昭和六十一年六月には父が逝き以来寺とのお付き合いは二男の私がしています(長男は遠方に在住のため)。父の没後お墓の一部(墓標)を建替えた時に寺では入魂式を行うと言い、墓石屋さんが言うには「お宅は外檀家だから寺には関係ない行事だ」と言われたことがありました。尚墓地管理料は市当局に支払っております。既に年金で細々と暮らしている現在ではお布施その他の支払いにも困窮しているのが現状です。特に盆暮のお布施の袋に「全てを含むと書いてないではないか!」と住職に言われます。外に何の金を要求されているのかその威丈高な態度に聴く気にもなれません。そんなこともあって妻は私が死んでも葬儀は出さないでお寺さんとは関係なく火葬、納骨丈で済ませて欲しい戒名もいらないと申して子供達や他の親族に遺言書の形で既に諒解を得ています。父の葬儀に多額の費用がかかったのを知っている私の子供達はこれからの時代は散骨だとか散灰などで良いと言って自分達の将来像についてはいたって楽観的です。家族の中の一人が万が一の時に葬儀も出さない寺に何も頼まないという事態が生じた場合その後の寺との関係がどうなるのか不安でもあります。子孫のためにも何とか良好な関係が保たれればと思いますが請求書も領収書もマニュアルもない世界のことどうしたものかと思案に暮れる毎日です。


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