既成仏教の制度から感じる事  大きい文字で見る

山下自記 静岡県 

 日本の封建制を改めるには、お寺の制度全般を改めなければならないのではないだろうか?特に、檀徒制度については、その内容を改善する必要があろう。第一に寺院同志の暗黙のカルテルを解かねばならない。ある人は、引っ越しでお墓を移転するのに、離檀料を請求されたと云う。事情で他のお寺に移るにも、檀徒の引抜きや、受けいれはやらない。つまり、お互いに、お客を取ったり、取られたりしない事になっている様である。戒名も菩提寺の僧がつけるもので、なければ葬儀も受け付けない。相当のお金を払って、しぶしぶの受け入れである。その金額も、可成の高額である。昨今の政治家にも見られる保身の制度だと思う。僧は、完全職業化して、安泰を確保している。生臭坊主、生純坊主もうまく檀徒総代をかかえ込んでいれば、何等、経済的に困ることはない。総代自体のお手盛りも目立つ。寄附金は、檀徒均一となってきたのは好ましいと思われるが、役員は位階も一階上を頂けるとか。「これは、特に不当とは私は考えないが」位牌の位置を、特別の段に配置する等は、全く好ましくないと思う。檀徒は、皆平等であるべきではないだろうか?私は、仏教を奉ずる者は、無報酬であるべきと考えている。僧とは、施しを説き、奉仕で仏様に使える人を育てるのが使命なのではないか? 最も使命は、それ以上のものも負っているはずである。
 今までのやり方では、人を清め、荒れた社会の秩序を取り戻すことは、既成仏教の力では不可能であると思います。
 お寺は、地域の中心とならねばならない。誰れもが明るい気持でお寺に行ける状態を保たぬ様ではいけない。その為には威厳のある古參の総代は退き、民主的な方法で総代を選出する様にしなければならない。総代にはなおかつ、民主的運営をしてもらわねばならない。
 檀徒に格差をつけてはなりません。檀徒には平等に救いを与えなければなりません。修業[行]の足りない僧には無理な事かも知れませんが、努力しなければならないと思う。
 布施を中心としたお寺の経済運営、僧は布施を堂々と説き、檀徒には顕著なその御利益が現れる生きたお寺の活動が必要だと思います。


戻る