戒名とお布施  大きい文字で見る

影山信夫(53) 千葉県

私の父が亡くなったのは昭和五十五年二月(行年六十歳)でした。お葬式について葬儀屋さんと相談した中でお寺さんをどうしますかということがありました。
 特に宗教に感心はありませんでしたし、以前伯父から我が家の先祖は臨済宗と聞いていましたので、葬儀屋さんにその旨を話して、お寺さんをお任せしました。
 戒命[名]については伯父から院号にした方が良いということで、その様にしました。
 当時院号の戒命の意味合いや、戒命料など何の知識も無く、それなりのお礼やお布施ということで済ませました。
 お墓は近くの霊園に建て、お寺さんとは特に檀家という関係は無く、回忌法要の度にお世話になるという関係でした。
 ところが四年前の十七回忌法要のお願いをしにお寺さんに行った時、思いも寄らぬ事を言われショックを受けました。
 言われた言葉を正確には覚えておりませんが、その内容は「立派な戒命をつけたのにお宅の戒命料は少ないので……」ということでした。
 本来お布施というものはその人の財力や気持ちに応じたものという認識がありましたので、戒命料が少なかったと言われた時は本当に驚きました。
 お布施にも世間相場がある様です。不明朗、不透明な部分が多く良くわからないのが実情ではないでしょうか。
 そこでこのような事が無いようにする為には皆んなの意識が変わる必要があると思います。
 お葬式は従来と同様に粛粛と行うことに変わりはありませんが、そこに金銭的なお布施や戒命料が絡んできた時は、その事に関してのみビジネスとしてお互いに認識する事が必要だと思います。
 その時に戒命の意味やお経の内容を明確に誰でも分かるように内容を開示してはっきりとした値段をつけるべきです。その値段に対して納得のいくレベルで葬式についての金銭的な面を考慮すれば良いと思います。
 そこには当然お寺さん同士の競争が起きてくると思われます。今の様に俗に言われている坊主丸儲けと言われる状況は無くなると思います。
 その為にもお坊さんには絶えず修行や勉強をしてもらい、地域の人たちとのコミュニケーションを仏教の世界を介して実践して欲しいと思います。
 定期的に講話会等を開いて話をするのが最も良い施策だと思います。
 講話会のテーマは何でも良いと思いますが時には上野の美術館で開催された国宝展の仏像についての話等も良いのではないでしょうか。個人的には回忌法要の意味合いについても聞いてみたいと思います。
 特に若い人は親から教えられない分だけ前述のしきたり等には疎遠になってきている様に思われます。

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