住職さんと私

猿田美保子(47) 秋田県

 昔から、坊主丸もうけと言われるように、住職業は収入が素晴らしく高額で大変恵まれた職業と思われています。私事を申せば、我が兄もかの著名な住職へとつながる、ある大学は出ましたが、現在は近けれど遠い、薬剤会社勤務です。若かりし頃どうしてもその道諦め切れず、お寺へのムコ養子の口を夢見た日もあったそうです。

 五城目町に嫁して、請ゆる先代の高齢なる和尚さん担当の元、数々の法要後、七十代目前に他界、娘さんの切望により関東以西から養子縁組にて二十三歳の住職さん誕生。が、娘の母親が厳しく、食事は例えば肉片抜きの鶏ガラスープの鍋が常食の粗食の徹底。酒は御法度。反発した若者は郊外の飲み屋で、夜明かし、勘定は勿論つけ。姑が激怒の末、娘と幼孫道連れの前代未聞の出家? 残された住職さんは半年勤務の後、故郷から長兄が迎えに来て、やむなく五城目のお寺を後にしました。其の後、県北から子供三人と妻の一家五人のお坊さんが勤めましたが、先代やその次のムコ住職さんのように、立ち振るまい、読経等いかにも俄か……と思わせる、お粗末なる勤行は、全くその道の素人の自分でも、これは、と思わせる不足感を覚えました。更に中学生の長男を一人、病欠という言い訳にて代理役にある檀家に派遣、仏前に直立不動型で

 「南無妙法蓮華経……」
と唱えたとか唱えないとか。決定的なのは、収入がそっくり貰えず、檀家役員運営のもといくらかの差し引き後の金額で、生活運営不可能と、足かけ三年の勤務の後、自ら退職願いを各檀家に通達し、寺を出ました。

 その後は、まる二年間というもの町全体でも前代未聞を明らかに証明するような住職不在の有名無実なる唯一のお寺を実践しました。檀家役員の指名あってか、世話好きな一人暮らしの中高年の女性を電話番他掃除、留守預かりの係として、パートタイマー的に雇用しました。なんだか町中に数あるお寺の中でも、ワースト一位とどこの誰にも恥ずかしくて申し述べ不可能なお寺のイメージは拭いきれないような現実でした。

 そして、二年の住職不在で地域的、檀家各位としてやり切れぬ想いの後、年改まり二〇〇〇年と年号が改まる年の瀬を迎えたある日、先代を思わせるような、年配の住職さん新任の朗報が話題の頂点に達しました。現在では、毎月一回精進日に招じ入れ、読経して頂き、御布施献上しております。毎月々の勤行可能な住職さんと一言に申しましても、大変な難行苦行であり、高嶺の花形職業故に誰彼不可能なるを、様々な住職さんに出会う度痛感。二十年前初嫁の頃、姑は五百円の定額を通し、現在は千円一律とか。協定価格の基準は時代の物価やら、寺の保持運営、又数多い檀家各々の仏の管理という大役に対し、あと少額の上のせ金額も気持ちで頑張りたいと思われます。


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