寄付を徴収するお寺に疑問
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賀川 豊(47) 栃木県
私の長女が昭和五十一年十二月に生後四カ月で急性肺炎でなくなりました。私は当時まだ二十四歳でした。それまでお寺とか、仏教とかほとんど何もわからず、関心もありませんでした。あるお寺から当時は一平方メートル十万円という墓地を半永久的に借り受けることにしました。それは私の父が契約したのですが。やがて時が立つにつれ、今思えば檀家の人達が交代で春分の日、お盆、秋分の日などに塔婆というものを持ってきて、お金で三千五百円から五千円位集めたような気がします。その当時何んで買うのかとかあまりわからずに流されてきました。私は自営業のため、長女がなくなったころ、またその後日本の景気に左右され、不景気でいい時ばかりではなかったのです。苦しい時は塔婆一枚さえたいへんでした。しかし供養は供養でしているつもりでした。さらに致命的にはこんなことが二度ありました。本堂とか何かと建て替えるなどといい寄付≠募るのです。
最初は寄付というので「一万円位でいいのかな」と当時思いました。しかしそれは違っていたのです。第一回目の寄付≠ヘ二万円。それから、三、四年後は六万円という金額でした。私は前記のとおり商売が思わしくなくとても何万円も寄付できる状態ではありませんでした。私はまずその寄付≠集めにくる人達に種々ときいてみることにしました。「造る建物が何千万円だから、それを檀家の軒数で割ったら一軒二万円になり、その後のは六万円になる」と言うのです。私はそれはふにおちないので考えたすえ、別な方法をいました。集めに来た人は「分割でもいいんだよ払えなければ」とますます私と話が食い違いました。「その金は寄付じゃない強制的にお金を集めている」としか思えなかったのです。それで私のいう別な方法とはなぜ檀家の軒数で一率に割るのか(なかには檀家歴何百年の家もあるというのに私は檀家歴五年余り)そうじゃなく「檀家歴で考えたらいいのでは」と提案しました。が、受け入れられるはずがありません。現在までお互いに無視≠フ状態に至っております。ましてはそのお寺は幼稚園を経営しているので「檀家から寄付≠集めるならその幼稚園からも寄付とやらを集めたらどうですか」と言った事もありました。が、無視されました。
なぜ私はこの事を言ったかというと「もともとお寺は檀家のものである」と一般的にいうので、その檀家の土地を利用し幼稚園を経営しているのだから地代はどうなっているのでしょうとききましたが無視されました。寄付≠ニやらを強制的に檀家から集め、幼稚園を経営し利益は自分のもの(お寺のもの)では、私は納得いかずに、これまできてしまったのです。そういう時に新聞を読み、意見等を寄せられる事を知り、私は訴えたいなと思い、またそれなりに専門の方々の意見もききたいと思い書きました。